サイト19編第一章 出撃準備
俺はサイト19のブリーフィングルームで、無意識にマグナムの重量を確かめていた。
冷たい金属の感触が、頭を静かにしてくれる。
ここは財団最大級の収容施設、サイト19。
平時であれば、無数の研究員と警備員が行き交うはずの場所だ。だが今は違う。
照明は落とされ、赤い非常灯だけが壁を染めている。
空気は張り詰め、どこか“何かが起きる”前触れを含んでいた。
「相変わらず陰気な場所だな、ここ」
フォックスが軽口を叩きながら、肩に担いだグレネードランチャーを揺らす。
緊張していないように見えるが、こいつはいつもこうだ。
戦場に立つと、むしろ生き生きするタイプ。
「静かにしろ、フォックス」
俺が言うと、フォックスはニヤリと笑って口を閉じた。
部屋の隅では、ファルコンがスナイパーライフルのスコープを覗き込み、何度も調整を繰り返している。
指先がわずかに震えているのを、俺は見逃さなかった。
「落ち着け、ファルコン。まだ始まってない」
「わ、分かってる……ハウンド。ただ、サイト19って聞くだけで、どうも……」
怖がりだが、引き金を引かせたら別人だ。
千メートル先の的を正確に撃ち抜く、その腕だけは、誰も疑わない。
そして――
俺の背後、音もなく立っている存在。
「……」
シャドウは何も言わない。
マチェットを腰に下げ、ステルスユニットのランプを確認しているだけだ。
だが、こいつがいるだけで、背中を任せられる安心感がある。
「全員揃ってるな」
俺がそう言った瞬間、部屋のスピーカーが低く唸った。
『聞こえるか、ハウンド』
オーバーウォッチだ。
サイト81から、常に俺たちを見ている男。
財団の全戦闘部門を束ねる、影の司令塔。
「聞こえてる、オーバーウォッチ」
『今回の任務は“前哨”だ。現時点では戦闘命令は出ていない』
『サイト19内部で異常なエネルギー変動が観測されている。原因は不明だ』
フォックスが肩をすくめる。
「つまり、嵐の前の散歩ってわけか?」
『余計なことはするな、フォックス』
『お前たちは状況確認と初動対応要員だ。深入りは許可しない』
「了解だ」
俺は即答した。
この男の言葉には、必ず意味がある。
『ハウンド、お前が現場指揮を執れ』
『サイト19は広い。何が起きても不思議じゃない』
「……分かってる」
俺は仲間たちを一度、順番に見た。
陽気な爆破屋、臆病だが天才的な狙撃手、沈黙の刃。
そして俺――このチームをまとめる役目。
「行くぞ。今回は“何も起きない”ことを祈ろう」
フォックスが笑う。
「そのセリフ、フラグじゃないよな?」
「黙れ」
扉が重い音を立てて開く。
暗い廊下の先に、サイト19の内部が広がっていた。
この時の俺たちは、まだ知らなかった。
ここが――
最悪の収容違反の、始まりの場所になることを。




