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第3話 善き王となるために


「――さて、うぬらはどうする?」


 ミカヅチとイングニルが玉座の間を去り、残された二人の最高幹部に問う。


「私は、クロノアール様に忠誠を捧げております。そのお考えがどんなものであろうと、最後までお供いたします」

私奴わたくしめも同じ気持ちであります。この知を以て、微力ながら魔王様をお支えさせていただければ恐悦至極でございます」


 展開の早さに呆然としていた二人だったが、主の言葉に即座に反応した。

 共にこうべを垂れ、その忠誠心を示す。


「うぬらの忠誠に報いられるよう、余も努力すると誓おう」

「勿体なきお言葉」

「クロノアール様のお気に召すままに、私達をお使いください」


 最高幹部の内、二人は去っていってしまった。

 そのどちらも、誰とも替えが利かない有能な人材であった。

 クロノアールとしては予想外ではありつつも、理解できない範疇ではなかった。

 何せ己が信じてきたものが、突然崩れ去ったのだ。

 そう思えば、むしろこの二人が残ってくれたことを僥倖とすべきだろう。


「クロノアール様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「許可する」


 口を開いたのは、ベルゴールだった。


「クロノアール様が目指す『善き王』とは、一体どのようなものなのでしょうか?」


 ベルゴールとて、言葉の意味が分からないわけではない。

 ただ、「クロノアール・ヒポクリット」という人物像をよく知っているからこそ、彼が目指す「善き王」というもののイメージが湧かなかった。

 そのイメージが理解できなければ、いくら智将などと呼ばれるベルゴールでさえ、何から手を付ければよいか見当が付けられない。

 だからこそ主の不興を買う可能性を考慮した上で尋ねたのだが。


「……余も、同じことを考えていた。善き王を目指すと決めたはいいが、余には善の意味もよくは分からぬ」

「それは……」


 では一体どうして善き王を目指すことにしたのか、などという主の不興を確実に買ってしまう言葉をぐっと堪える。

 いくらベルゴールといえど、自ら率先して魔王の機嫌を損ねたいわけではない。


 それに、本来であれば誰かに仕えるような者たちではない最高幹部たちが揃って従っていたクロノアールという存在は、その意図を容易く読み取れるような単純な相手ではない。

 でなければ、魔王になることは叶わなかっただろう。

 きっと自分には推し量れぬような何かがあるのだろう、とベルゴールは口を噤む。


「余が善き王になるために、うぬらの知恵を借りたい。あとは、そうだな。年の功という言葉もある。――セバス」

「――――此処に」


 クロノアールが指を鳴らしながら名を呼んだ瞬間、ルナメリアたちと共にこうべを垂れる姿勢でセバスが音もなく現れる。


「うぬらに問いたい。余が善き王となるために、何をすればよいと思う」


 即答したのはルナメリアだった。


「クロノアール様に歯向かう者を皆殺しにしましょう!」

「却下である。なぜそうなる」

「全ての者をクロノアール様の信徒にすれば、必然的に善き王となります!」

「……そう、なのか?」


 自信満々に頷くルナメリアに珍しくたじろぐクロノアールだったが、やはり却下する。

 そもそも前の生涯でその方針で進め、あの結末に至ったのだ。

 例えそれが本当に善き王のための一つの道だとしても、一度失敗した道を再び進む気はない。


「魔族を迫害する人類を討ち、同胞を救うのはどうでしょうか?」


 今度はベルゴールが続く。


「……ふむ、悪くはない。余とて同胞が迫害を受ける現状は遺憾である。しかし、人類との明確な敵対はなるべく慎重に進めたいと考えている」

「なるほど。今はまだ泳がせておくわけですね」

「……そう、かもしれぬ」


 前の生涯では、魔族に対して迫害を続けていた人類の街を丸ごと焼き払ったことがある。

 結果として同胞を救うことにはなったが、同時に人類との間に大きな溝が出来てしまった出来事でもあった。

 そのような行動を繰り返せば、いずれまた目の前に勇者が現れてしまうだろう。


「クロノアール様。私は、貴方様が『善き王』となるためには、大きな障害があると考えます」

「セバスか。申してみよ」

「……貴方様のこれまでの行い、です」

「なっ!? そなた、クロノアール様の行いに文句をつけると言うのか!? 不敬であるぞッ!」


 セバスの言葉に、ルナメリアが激高する。

 声こそ荒げていないが、ベルゴールも不服そうに眉を潜めている。

 唯一、クロノアールだけが静かにセバスを見つめていた。


「……続けてみよ」

「ありがとうございます。私とて、クロノアール様のこれまでの行いを非難する気など毛頭ございません。魔王となるべく覇道を突き進む貴方様のお姿は、とても立派なものでした。ですが、クロノアール様が今目指している『善き王』とは、これまでの覇道の対極にあるもの。そして、過去の行いは決して消えることはありません」

「つまり、『善き王』を目指す余を、過去の余の行いが邪魔している、というわけか」


 セバスは静かに頷く。


「クロノアール様の名声は絶大です。成し遂げてきた偉業の数々、魔王となるために行った粛清の数々。それらのイメージがあるからこそ、貴方様の掲げる『善き王』というのが理解しがたいのです」

「ミカヅチやイングニルが余から離れたのも、そのイメージとやらから乖離したゆえか」

「私やルナメリア様方たちは貴方様に忠誠を誓った身。主の変化に戸惑いこそすれど、忠誠心は変わりません。しかし、皆々がそうではないのです」


 難しい話だった。

 クロノアールは一度、死に戻りを果たした。

 しかし、それは戴冠式の直前まで。

 それ以前の過去については、どうしようもない。


 これまで無我夢中で作り上げてきた「クロノアール・ヒポクリット」という存在が、ここに来て大きなあだとなった。

 だが、未来を知っているからこそ、今を諦めるわけにはいかなかった。


「……では、どうすればよいと考える」


 クロノアールの問いに、セバスは僅かな沈黙の末に答えた。


「まずは、これまでのイメージを払拭しましょう」

「そんなことが出来るのか?」

「勿論、容易なことではありません。人の印象なんて、そう直ぐには変わりませんから。相当な労力と、地道な努力の積み重ねが必要です。ですが、貴方様がやるというのであれば、私はどんな茨の道だろうとついていく所存です」


 そう告げるセバスの瞳には相当な覚悟の色が窺えた。


「わ、私もです!」

私奴わたくしめも!」


 一人だけ抜け駆けさせまいとする他二人も続く。

 そんな三人に、クロノアールの口元が本人も気付かぬほど僅かに緩んでいた。


「よし、ではまずは余のイメージ改革から始めよう。セバスよ、何か案はあるか?」

「そうですね…………とりあえず、とにかく善行を積みましょう」

「善行? それは具体的に何をすればよいのだ?」


 何気ない問いだったが、セバスは少しだけ逡巡したような素振りを見せた後、言いづらそうに答えた。


「例えばですが、城下で困っている者を助けたり、兵士の雑用を手伝ったり……などでしょうか」

「なっ!? それではまるで兵士見習いのようなものではないか! 魔王様にそんなことをさせられるわけがなかろうッ!」


 当然のように、ルナメリアによって却下される。

 今度はベルゴールも「あり得ません!」と鼻息荒く憤慨している。

 その反応は本人も予想していたのか、困ったような表情を浮かべている。


「余は構わぬ」


 それを止めたのは、他ならぬクロノアールであった。


「それが善き王となるために必要なことであるならば、余はやらねばならぬ」

「ですが……」

「ルナメリア、これは重要なことなのだ」

「……分かりました。それが魔王様のお望みならば私は何も言いません」

「ベルゴールもそれで良いな?」

「仰せのままに」


 本当は魔王であるクロノアールにそんなことをさせるわけにはいかない。

 魔族とは面子を重んじる種族だからだ。

 上に立つ者がそのようなことをすれば、下の者に示しがつかない。

 魔王が雑用などしている姿を見せれば、魔王軍が組織として大きく揺らいでしまう可能性は高い。


 それでも魔王自らやるというのならば、従い支えるのが部下の務め。

 でなければ既に、ミカヅチやイングニルと共に最高幹部の座から降りている。


「それでは魔王様、まずは目標を決めましょう」

「と、いうと?」

「いくら善行を積むといっても、明確な目標値を設定していなければ惰性になってしまいます。例えば、『一日一善』などはいかがでしょうか?」

「それは、一日に一つ善いことをする、ということか?」

「いかにも。最初はその程度から始めるのがよろしいかと思いますが……」


 一日一善。

 クロノアールは頭の中でその言葉を反芻する。

 一日に一個のペースでいけば、十年で三千以上の善行を積み上げることになる。


 ――――余は、なぜ死なねばならぬのだ。


 果たしてそれで足りるだろうか。

 たったその程度で、破滅の未来から逃れることが出来るのだろうか。


「決めたぞ、セバス」

「おぉ、一日一善ですか?」

「否、余は――――『一日十善』を目標とする」


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