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第2話 四人の最高幹部


 魔王城の最奥、玉座の間にて。


「クノロアールッ! さっきのはなんだ!」

「貴方、その口の利き方は何ですか! クロノアール様に対して不敬ですよ!」


 戴冠式が終わり、臣民たちは既に解散した。

 そこでの「善き王」宣言に対する反応は様々だった。

 嬉々として受け入れている様子の者、見るからに戸惑いの色を見せる者、静観を貫く者。


 ここに集めた最高幹部の四人は、主に戸惑いの色を見せていた者たちだった。


「良い、ルナメリア。好きにさせよ」

「っ! 承知いたしました、クロノアール様」


 玉座の間には、正直あまり良い思い出がない。

 何せ此処は、自分が死んだ場所なのだ。

 死に戻りしたことを考えれば、それはまだ記憶に新しく、印象そのものに深く刻み込まれている。


 しかし、そこに並ぶ四人の顔ぶれは懐かしいものだった。


「さっきの発言は何かの冗談なんだよな? もっかい戴冠式やるのか? それともどうにか取り消すのか?」


 今にも食って掛かりそうな紅髪の大男。

 最高幹部――魔武将ミカヅチ。

 四本の剛腕で数多の敵を打ち倒してきた実力者であり、戦闘という面においては最も信頼厚き男である。


「そう何度も戴冠式をやれるわけがないでしょう。馬鹿なんですか? それに、クロノアール様のことです。きっと何かお考えがある……はずです」


 躊躇いがちに上目遣いを向けてくるのは、薄氷色の髪の麗人。

 最高幹部――魔姫将ルナメリア。

 四人の中で最も忠誠心が厚く、勇者との最終決戦まで付き従ってくれた唯一の忠心である。


「あー、オレはよく分かんなかったけど、あんたの目指す世界では好きに暴れられるのか? オレは暴れられればそれでいい」


 めんどくさそうに頭を掻く紫髪の女戦士。

 最高幹部――魔竜将イングニル。

 魔王軍の中でも随一の広範囲破壊力を持つ、魔竜部隊を率いる屈指の実力者である。


「だから貴方は駄目なのです。する必要のない破壊ばかりして。冷静に分析して大局を見なければ、為すべきことを為せませんよ」


 丸眼鏡を抑えながら苦言を呈す、緑髪の男。

 最高幹部――魔智将ベルゴール。

 武力こそ他三人に劣るものの、魔王軍随一の知略の持ち主で、軍全体の管理や作戦など幅広く行う優れた男である。


 ミカヅチ。

 ルナメリア。

 イングニル。

 ベルゴール。


 孤独に生涯を終えた中でも、彼ら四人のことは強く記憶に残っている。

 その能力を活かし、多くの戦果をあげて魔王軍の躍進に貢献してくれたこと。

 全員が勇者によって討たれ、その生涯を終えたこと。

 だからこそ、目の前で四人揃って並ぶ彼らを再び見ることが出来たことを不思議と嬉しく思えた。


 とはいえ、いつまでも余韻に浸っているわけにはいかない。

 戴冠式での宣言について説明する必要がある。


「ミカヅチよ。余は冗談を言ったつもりはない。あれは心からの言葉である。取り消すつもりもない」

「なっ!? 本気かよ、クロノアールッ!」


 ミカヅチが信じられないとばかりに大きく目を見開く。

 そして更に感情を昂らせながら叫ぶ。


「ルナメリア。うぬの言う通り、余には余の考えがある。しかし、それを話すわけにはいかぬ。許せ」

「はっ。クロノアール様にどのようなお考えがあろうとも、私はただ付き従うのみであります」


 ルナメリアは跪きながらこうべを垂れる。

 この振る舞いは前の生涯においても幾度となく見てきたものだ。


「イングニル。余もまだ分からぬことが多い。ただ、暴れまわることは果たして善いことなのか? そうであるならば好きにせよ。そうでないならば、余の名の下で許可することは出来ぬ」

「そっかー。まあどっちか分かんねーけど、好きに暴れまわれなくなるのは困るな」


 イングニルは不服そうに眉を潜めながら、その尾をぺしぺしと床に叩きつけている。


「ベルゴール。うぬには苦労をかけることになるやもしれぬ。余が目指す王となるために、その知を貸してくれることを願う」

「っ! 勿体なきお言葉。私奴(わたくしめ)に出来ることがあれば、何なりとお申し付けください」


 ベルゴールはルナメリア同様に首を垂れる。

 ただ、僅かに高揚しているのか、微かに息が荒い。

 それをルナメリアが羨むように凝視している。


「――――ふざけるなッ!」


 その時、玉座の間に響き渡る怒鳴り声。

 言わずもがな、ミカヅチが発したものだ。

 その形相は鬼のように憤怒に歪み、鋭い視線はクロノアールを射抜いている。

 咄嗟にルナメリアとベルゴールが仲裁に入ろうと動くも、それを止めたのは他ならぬクロノアール自身だった。


「よい、好きにさせよ」

「ですが……っ!」

「――くどい」


 初めて威圧感を露わにするクロノアールに、二人は困ったように身を引く。


「そうだッ! あんたはそれでこそ俺がついてきた魔王だッ! 圧倒的実力で周りを黙らせ、何者にも歯向かわせない。ただ真っ直ぐ己の覇道を突き進む姿ッ! そんな姿に憧れ、俺はあんたについて来たんだッ!」


 ミカヅチの感情が昂り、その瞳や髪に炎が宿る。

 メラメラと燃え上がる豪炎は火花を散らしながら、敵意にも近い主の想いを体現している。

 ルナメリアたちが心配そうに見守る中、クロノアールは静かに口を開いた。


「…………確かに、うぬの言う通りだ。歯向かう者には死を与え、そうでない者には恐怖という名の楔で従わせる。余はこれまでそうやって生きてきた。しかし、この道には限界があったのだ。それを知った今、余は再び同じ道を辿ろうとは思えぬ」


 その言葉に含まれていたのは、途方もなく深く暗い感情。

 恐怖とは異なるが確かに存在する威圧感に、ミカヅチは表情を歪める。


「なんだよそれッ! 俺たちはこれからじゃねえのかよッ!? なんで新しく魔王になったってタイミングで、そんなこと言うんだよッ!」

「……全ては余の不甲斐なさ故である」

「っ……! 認めねぇぞ、俺はッ! 限界を知って、その先に選んだのが『善き王』だなんてッ!」

「もう決めたことなのだ。覆ることはない」


 それは、武の道で高みを目指し、武の頂点に憧れたミカヅチにとっては何より絶望的な言葉だった。


「…………分かったよ。あんたが決めたんなら、もう何も言わねえ。だが、俺はもうあんたにはついていけねえ」

「ミカヅチっ!?」


 その意図を察したルナメリアが慌てて振り向くが、止めることは出来なかった。


「俺は、今をもって魔王軍を辞めさせてもらう」


 一度発せられた言葉を元に戻すことは出来ない。

 それを理解したうえでの発言と知った上で、クロノアールは敢えて問うた。


「考え直すことは出来ぬのだな?」

「あぁ、あんたが考えを改めねえ限り、俺も自分の考えを改めることはねえ」

「…………そうか」


 短く紡いだ言葉に、どのような感情が込められているのか。

 不幸にも、発した本人ですら分からなかった。


「あー……それならオレも辞めよっかな」

「イングニル!?」

「だってこれからは暴れまわにくくなるみたいだし? そもそもオレが魔王軍に入ったのは、好きに暴れまわるためなんだから。良いよな? クロノアール様」

「好きにするがよい」

「ん、あんがと」


 ルナメリアとベルゴールが信じられないといった表情で、両者を交互に見比べている。

 自分に向けられた視線に部下からの期待の意が込められていることには気付いていたが、クロノアールがそれを実現することは出来なかった。


 魔王軍を辞めた二人が、玉座の間の出口へと向かう。

 その背中に向け、最後の言葉を贈る。


「これまで余と共にあってくれたこと、大義であった。もし将来、再び余と共に歩もうと思えた日が来たならば、いつでも戻ってくるがよい。うぬらの席は、余が空けておく」

「っ――! ……やっぱ、あんた変わっちまったんだな」

「あんたと一緒に暴れまわるの、最っ高に好きだったぜ!」


 それぞれの想いを最後に、二人は玉座の間から姿を消した。


ブクマ、評価などいただけると更新の励みになりますので、

面白いと思っていただけたら、よろしくお願いいたします!

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