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深夜のキッチンは甘い匂い

深夜0時。

王宮のキッチンにはまだ明かりが灯っていた。

「……なんで」

そこに立つ人物──フィオは、焼きあがったばかりのケーキをオーブンから取り出しながら、泣きそうな声を漏らした。

「なんで、膨んでないの……?」


作業台の上には、これまでに作った大量のシフォンケーキ……もどきが並んでいる。

生焼けのもの、膨らみすぎて原形をとどめていないもの、黒焦げのもの……。

どれもが一目見ただけで失敗作と分かるもので、とても他人に渡せるような出来ではない。

「何が悪かったんだろう……レシピ通りにしているはずなのに……」

新しく追加されたぺちゃんこのシフォンケーキを作業台に置きながら、フィオは深いため息を吐いた。

……正直、料理を舐めていた。自分がここまでできないだなんて。

「こんなんじゃ、レオニス様に選んでもらえない……」

焦りと疲れから、思わずそんな弱音がフィオの口から漏れる。

ただでさえ他の三人は、自分よりも年上で魅力的な女性ばかりなのに……。


本人たちには決して言わないし言えないが、フィオは初めて顔を合わせた時から密かに劣等感に駆られていた。

自分以外の三人はみんな大人で、レオニスの隣に並んでいても違和感がない。

一方の自分はまだまだ子供で、とてもレオニスには不釣り合いだし、このままじゃ勝ち目なんかない。

だからせめて、料理や他のことで差を付けないとと思っていたのに……。

「……そうじゃなきゃ、うちの国は……」

そう呟いて、フィオはきゅっと口を引き結んだ。

今の時間、普段ならとっくに寝ている時間だ。ましてや今日は一日中慣れない料理をしていたので疲れ切っている。

誰もいない深夜のキッチンは物音ひとつなくて、そのことがフィオをより心細くさせた。

「……ゔぅ~……」

悶々と考えているうちに視界がじわじわと水っぽくなってきて、フィオは慌てて唸りながらぐしぐしと自分の目元を擦った。

「だめ、だめ……」

自分にそう言い聞かせても、瞳の奥から湧き上がってくる涙が抑えられない。

だめ、だめ。泣いちゃだめ。

泣き虫は、もう卒業したのに。

私がしっかりして、国のために頑張って、お母さまを安心させてあげるって、決めたのに……。




「……フィオ?」

ひっく、と嗚咽が漏れたところで、背後から小さく名前を呼ばれた。

驚いて飛び上がりながら、バッと後ろを振り返る。

「……り、リリアーナ、さん」


キッチンにやってきたのは、リリアーナだった。


リリアーナはフィオが泣いていることに気付くと、慌てて彼女の元へ駆け寄ってきた。

「ど、どうしたの⁉ どこか怪我でもした?」

「……っ、どうもしない、です」

「でも……」

「ほっといて!」

駆け寄ってきたリリアーナの、寝間着の胸もとをぐいっと押しのける。その拍子に、下ろしたままのリリアーナの金髪が揺れた。

リリアーナはこんな時でも意地っ張りなフィオの様子に小さく息を吐くと、澄んだ水色の瞳で周囲を見渡した。

「……何か、作っていたの?」

「……」

「シフォンケーキ、かしら」

「……だったら何ですか。どうせ全部失敗してますけど……って、え?」

不貞腐れながら顔を上げて、それからフィオが驚いた声を漏らした。

リリアーナが腕まくりをしながら、新しい卵とボウルを取り出していたのだ。

「な、何してるんですか?」

「だって、作るんでしょう? レシピは……ああ、うん、ベーシックな作り方ね」

ぽかんとしているフィオをよそに、リリアーナが慣れた手つきで卵の殻を割った。

こつんと半分に割った卵をそのまますぐにボウルに落とさず、殻を器用に使って、卵黄と卵白をそれぞれ別のボウルに分けて入れていく。

そうやってやるんだ……なんてフィオが感心している間にも、あっという間に卵を割り終えたリリアーナが、てきぱきと作業を続けていった。

砂糖を混ぜ入れ、粉を振るい入れ、卵白を泡立てて……。

同じ姫君とは思えないくらいの手際の良さで、リリアーナが着々とケーキ生地を作っていく。

「お菓子作りのコツはね、材料をレシピ通りにぴったり量ることよ。フィオ、きっと粉とか大体の量で入れたでしょう?」

そう言ってリリアーナが笑いながら、失敗作の方を見やった。

確かにフィオは、少しくらい大丈夫だろうと思ってベーキングパウダーを増やしたり、卵白に卵黄が混じったまま使ったりしていたのだ。

図星を突かれたフィオが、頬を赤らめながらぐぅうと唸る。

それにリリアーナがもう一度笑って、あっという間に作り終えた生地をシフォンケーキ型に流し込んだ。

「焼き時間は……三十五分ね。さすが王宮のキッチン。立派なオーブンだから見張り続けなくても大丈夫そう」

そう言って生地をオーブンに入れたリリアーナが、「さて!」と明るい声で言いながら振り返った。

「お片付けもしちゃいましょう。大丈夫、二人ならすぐ終わるわ」


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