フィオの作戦②
その日の夕食の席で、ヴィーナがふとレオニスに問いかけた。
「そういえば、レオニス様って日中は何をしているんですか?」
ヴィーナの悪意ゼロの質問に、レオニスは盛大に目を泳がせた。
……無論、表情だけは完璧な王子様スマイルだったが。
「なっ、何、というと……?」
「いや、食事の時以外にあんまり姿をお見掛けしないから……。てっきりそれぞれとコミュニケーション取ってるんだと思ってたんですけど、さっきリリアーナと話してたらそういうわけでもないって気づいて」
うんうん、とリリアーナが頷く。
ヴィーナとリリアーナは同い年ということもあり、この三日間ですっかり仲良くなったらしい。日中も王宮内の庭園や街を歩いたり、一緒に王立図書館に足を運んでおすすめの本を紹介しあったりしているようだ。
もちろんそんな美味しい百合展開をレオニスが見逃すわけもなく、毎日ちゃっかり物陰や遠巻きからその微笑ましい光景を眺めては、自身の百合小説に生かしている。……本人たちは、そうとは気づいていないが。
とにかく、自分だけでなくリリアーナも日中にレオニスと会っていないと知り、レオニスの普段の過ごし方が気になったのだろう。
王子の結婚相手の候補として招待されているというのに、当の王子はこの中の誰とも仲を深めようとしていないだなんて。それではこの姫たちが何のために滞在しているのか分からなくなってしまう。
そんな当然ともいえるヴィーナの質問に、レオニスは一瞬だけひるんだ後、すぐさまいつも通りの表情で微笑み直した。
「すみません、実は父や兄の仕事を少し手伝ったり、国政について勉強しているんですよ。曲がりなりにも王族として、この国の事にはきちんと目を向けていたいので」
一応嘘ではない。
結婚もせずフラフラしているレオニスを見かねて、両親や兄から細々した雑務を頼まれることはあるし、そのために勉強していることもないわけではない。
……まあ、割合で言うと9:1くらいで百合を嗜んでいることの方が多いが。
とにかくレオニスの(やや虚偽のある)模範解答に、ヴィーナとリリアーナは納得したように笑みを浮かべた。
「ああ、なるほど、そうだったんですね。後継者でないとはいえ、学ぶことは多いですよね」
「忙しいのにこうして毎日一緒にお食事の時間をとってくれて、ありがとうございます」
「いえいえ。皆さんとご一緒できるのは私も楽しいですから」
三人の会話に、イリスはただニコニコと微笑んだままレオニスを見つめていた。
(……い、イリスさん、疑ってる……?)
彼女の読めない表情に内心びくびくしながら、レオニスはふともう一人、黙ったままの少女がいることに気が付いた。
いつもなら一番口数の多いはずフィオが、今日はやけに大人しい。
今も三人の会話を聞いていないのか、彼女はただぼんやりと自分の食事を口に運んでいた。
「……フィオさん、どうかされましたか? 今日の食事、お口に合わなかったでしょうか?」
その様子が気になったレオニスが声をかけると、フィオがハッとしたように顔を上げた。
「あ……い、いえ。そんなことありません」
「? もしかして体調が優れませんか? それなら……」
「だ、大丈夫です! あの、その……きょ、今日はお先に失礼しますっ」
そう言うなり、フィオが食事の半分以上を残したまま勢いよく立ち上がり、そのまますたすたと退室してしまった。
引き留めるタイミングを逃したレオニスと他三人が、困惑したように見つめ合う。
「……何かあったんでしょうか? フィオさん、朝食の時はいつも通りだったと思うんですが」
「さあ。でもそういえば、今日は王宮内でもフィオの姿を見かけなかったですね」
「フィー、もしかしてホームシックかしら? 強がっているけれど、まだ幼いもの」
「……」
レオニス、ヴィーナ、イリスが口々に心配する中、リリアーナだけが押し黙ったまま、フィオが出ていった扉をいつまでも見つめていた。