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フィオの作戦

彼女たちがこの国に滞在し始めて、三日目の朝。

「……どうして……」

フィオは朝食後、自分の部屋で一人、頭を抱えていた。


「……どうして、いつもレオニス様のお話が聞き出せないの……⁉」


基本的にレオニスと姫たちは、毎日全員で揃って食事をとっている。

レオニスとの結婚に一番真剣なフィオは、その食事のたび、レオニスへのアピールをするべく積極的に彼に話しかけていた。

だというのに、どんな話題を振ったとしても(例えば「好きな食べ物は?」とか「休日は何を?」とか)、レオニスはその王子様スマイルを崩さぬまま、

「そうですね……私の前に、ぜひ皆さんのお話をお聞きしたいです」

などと言って、さり気なく他の人に話を振るのだ。

そうすると真面目なリリアーナが一生懸命話し始めたり、マイペースなイリスがとんちんかんなことを言い出したりして、それをヴィーナが突っ込んで、どんどん話が転がって……最終的に、ほとんど姫四人だけで会話が終わってしまう。

もちろんこれはレオニスの『僕の話はいいから百合を見たい』という強い願望からくる高等テクニックゆえなのだが、こんな調子でレオニスへのアタックを毎度躱されているフィオは焦りを覚えていた。

「どうにかして、もっとレオニス様と距離を縮めないと……」

ブツブツ呟きながら、フィオは必死に作戦を考えた。

レオニスはいつも食事の時にはダイニングに顔を出すが、それが終わるとすぐに姿を消してしまう。

日中は自室にこもっていることが多く、そうでない時も王宮内では神出鬼没で、なかなかその姿を見つけることができない。

……実際のところはただ自室で趣味の百合小説の執筆に没頭しているか、はたまた王宮内を歩き回っては物陰に潜み、姫たちの動向──もとい、百合の観察をしているだけなのだが、フィオがその真実を知る由はなかった。


とにかく三日も経ったのにちっとも王子との仲を深められていないフィオは、しばらく考えた末に、思い切ってとある場所へ向かった。




フィオが向かったのは、王宮内のキッチンだった。

その場にいた王宮料理人が、客人であるフィオがやってきたことに気付き、驚いて声をかける。

「フィオ様? このような場所にいらっしゃるなんて、どうかなさいましたか?」

「あの、お願いがあるんですが……」


フィオの考えた作戦はこうだった。

まずは料理人たちからレオニスの好物を聞き出す。(聞いたところ、どうやらレオニスはスイーツ全般……とりわけシフォンケーキが好きだそうだ)

それからそのレシピを教えてもらって、ついでにキッチンの隅の方で作業させてもらえるよう許可をもらう。

──そう、今からレオニスの好物をフィオ自身の手で作るのだ。


(手料理をふるまうなんてベタだけど、これくらいの方が分かりやすいかも……!)


レオニスは他者とのコミュニケーションの回避能力が異常に高いだけで、基本的には礼儀正しく優しい男だ。

自分のために作ってくれたとあればもちろん受け取ってくれるだろうし、きっとフィオの好感度も上がるに違いない。


そう考えたフィオは、さっそく息巻いてキッチンの作業台に向き直った。

食材や器具は好きに使っていいと言われたので、フィオは教えてもらったレシピ通り、必要な材料を並べていく。

「ええと……卵に砂糖、薄力粉、ベーキングパウダー……」

全ての材料を並べ終えた後、フィオはその小さな手で卵をひとつ握りしめた。

……曲がりなりにも一国の姫君だ。お遊び程度にキッチンに入らせてもらったことはあるけれど、一人で何かを作るなんて初めての経験である。

「だ、大丈夫。料理なんて本で何度も読んだことがあるし、小さい頃に一度だけ、卵も割らせてもらったことあるし……」

そう言いながら、ごくりと唾を呑み、意を決して卵をボウルの角に振り下ろす。


かしゃん!


「……! で、できた!」

意外にも、あっさり成功した。

多少殻が入ったし黄身も割れてしまったが、一応卵の中身はすべてボウルの中に収まっている。

「ふ、ふふ! これくらい簡単よ!」

フィオはすっかり調子よくなり、次々と卵を割っていった。

ほとんどは黄身が割れてしまったが、それでもこぼしたり派手に潰したりはせずに、無事に必要な分の卵をボウルに収めることができた。

「よし、全部割れた。そうしたらこれを…………ん?」

ウキウキで次の工程に進もうとレシピに目を落としたところで、フィオの動きが止まった。

次の工程には、『卵黄を泡だて器で混ぜ、そこに砂糖を加えていく』とある。

「……『卵黄を』、……?」

そう呟きながら、フィオはレシピと己の手元のボウルを交互に見比べた。

卵黄は、ある。

でも、その半分以上はすでに卵白と混じり合っている。

ここからどうやって、卵黄だけを救出しろというのだろうか?

「…………???」

理解不能な状況に、フィオはただパチパチと瞬きを繰り返した。


フィオの地獄のケーキ作りは、まだ始まったばかりである。


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