朝から百合が見れるとか神すぎる
アウーム国は大陸の中で最も広い面積を誇り、経済や文化など、あらゆる面で近隣諸国より優れている。
そんな大国アウームを囲むように四つの国が存在し、今回はそのそれぞれの国から一人ずつ姫が呼ばれていた。
国際関係はどの国も至って良好だが、やはりアウーム国の豊かさの恩恵にあやかりたいと願う国は少なくない。
そんなアウーム国の豪華絢爛な宮殿には、客間も余るほど用意されている。
一人一室ずつ宛がわれた部屋で一晩を過ごした姫たちは、翌朝からさっそく王子とコミュニケーションを取るべく気合いを入れていた。
……厳密には、”一部の”姫ではあるが。
その”一部”の筆頭であるフィオは、朝食のために誰よりも早くダイニングルームに訪れていた。
早起きをしてしっかりと身支度を整えたフィオは、それでも左耳の上で留めた髪留めが曲がっていないか、もう一度指先で触れて確かめた。
星モチーフのそれはフィオのお気に入りで、彼女の夜空のような髪によく似合っている。
これを贈ってくれたのは彼女の母親で、フィオは母の優しい顔を思い出しながら、ぎゅっと胸の前でこぶしを握り締めた。
(……何としても、この大国の王子を私のものにしなくちゃ)
気合いを入れ直したところで、部屋の扉が開いた。
「……あ」
やってきたのはリリアーナだ。
リリアーナの金髪は、下ろしたままの昨日と違って、今日はピンクのリボンでハーフアップにしてある。
彼女は先に来ていたフィオと目が合うと、少しだけ気まずそうに「お、おはよう」と声をかけた。
「早いのね。私が一番乗りかと思っていたわ」
「……」
「えーと、今日はいい天気ね。部屋の窓からお庭が見えたんだけど、お花がとってもきれいだったの」
「……」
「……もう、そんなに冷たくしないでよ」
しょげたように呟かれたリリアーナの言葉に、そっぽを向いていたフィオがはぁとため息を吐いた。
「あなたこそ、馴れ馴れしく話しかけないでください。私はお友達作りをしに来たわけじゃないんです」
「そ、それは私だってそうだけど……少しくらい仲良くしてくれたって……」
「やめてください。あなたの国は私の……」
言いかけて、フィオが思い直したように口を閉ざす。
「……とにかく、私はライバルと仲良しこよしなんてするつもりありませんから」
相変わらずのフィオの冷たい態度にリリアーナが肩を落としたところで、再び扉が開いた。
「あ、二人ともおはよう」
入ってきたのはヴィーナだ。
今日の彼女は、その豊かな髪を高い位置でツインテールにしている。華やかな顔立ちのおかげか、不思議とその髪型でも幼さは感じられない。
「なに? もしかして、また喧嘩してたの?」
「ヴィーナさん……」
「ヴィーナでいいよ。私も二人の事、呼び捨てで呼んでいい?」
人懐っこく笑いながら、ヴィーナが椅子に腰を下ろす。立ちっぱなしだった二人も倣うように着席した。
フィオは不貞腐れたような顔をしていたが、リリアーナはヴィーナの言葉に、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「あ、ありがとう! もちろん、好きに呼んで。同い年の子がいて嬉しいわ」
「ありがと、私もよ。レオニス様も同い年だけど、今回は事情が事情だけにあんまり気安く話しかけられないのが残念だよね」
何てことないようにそう話すヴィーナに、リリアーナがおずおずと尋ねた。
「……あの、」
「ん?」
「ヴィーナは、レオニス様と仲良しなの?」
一度きょとんとしたヴィーナが、すぐに噴き出した。
「あはは、まさか! 昔一回会ったことがあるってだけだもん」
「そ、そう……よかった」
「まあでも、レオニス様って昔から何と言うか、あんまり男らしくないっていうか……他人に深入りしないでくれるから、私でも接しやすいんだよね」
そう言って、ヴィーナの視線が一瞬だけ下がった。
それに今度はリリアーナがきょとんとしたところで、黙って話を聞いていたフィオが口を開いた。
「あの、単刀直入に聞きますけど」
「うん?」
「ヴィーナさんは今回のお見合い、戦う気ないってことでいいですか?」
「え?」
面食らうヴィーナを、フィオが睨む。
「だってあなた、昨日から全然やる気ないでしょう。ライバルなのかそうでないのか、早いうちにはっきりさせておきたくて」
フィオの真面目な顔に、ヴィーナが気まずそうに苦笑を浮かべた。
「……あー、やっぱりバレてた?」
「そ、そうなのヴィーナ?」
驚くリリアーナに、ヴィーナがうーんと困ったように眉を下げる。
「まったくやる気がないわけじゃないんだけど……正直、うちも親に結婚をせっつかれて仕方なく参加してるって面が大きいんだよね。王子と知り合いだっただけに断るのも気が引けたし。……まあ、うん。だから二人ほど真剣ってわけでもないし、あんまり私のことは気にしなくていいよ」
そう言って肩をすくめたヴィーナに、フィオが少し警戒を解いたようにほっと息を吐いた。
リリアーナは複雑そうな顔で、気づかわしげにヴィーナを見つめている。
「でも、ヴィーナも結婚をご両親に望まれているんでしょう? せっかくの機会なのに、いいの?」
「うーん、まあ、そうなんだけどね」
曖昧な返事をしたところで、再び誰かがダイニングルームへやってきた。
「あら、みんな早起きね」
やってきたのはイリスだ。
イリスは昨日と同じくシンプルなドレスに下ろしたままの髪だったが、その纏う雰囲気や表情だけでも、思わず見とれてしまうほどの美しさをたたえている。
……それに何より、イリスは身長が高い。
レオニスは女性の身体的な特徴について話題に出すような男ではないから、昨日もそのことについては特に触れなかった。
でも、イリスがレオニスよりも背が高かったことは全員が気づいていただろう。
レオニスも決して低身長というわけではなく、一七五センチほどある。それより高いのだから、イリスは女性ながら一八〇センチ近くはあるらしい。
席に着いたイリスに、リリアーナがそのあまりの美貌に思わず声をかけた。
「イリスさん、今日もお綺麗ですね」
リリアーナの言葉にイリスはさして驚くこともなく、ただ穏やかに微笑んだ。
「あら、ありがとう。リリィも今日もとっても可愛いわ」
「り、リリィ?」
イリスが当然のように発した単語に、リリアーナが目を丸くする。
「フィーも、その髪飾りがとっても素敵ね」
驚くリリアーナをよそに、イリスがフィオに目を向けながらそう告げる。
途端にフィオの眉間にキュッと皺が寄った。
「もしかしなくても、私の事ですか? やめてください。私はあなたと仲良くする気は……」
「フィーを見てるとね、何だかぎゅーっとしたくなっちゃう」
「は」
意味深な発言に唖然とするフィオに、イリスがふふふ、と笑みを漏らした。
「私、小さい生き物が好きなのよねぇ」
その微笑みはいつも通り穏やかだ。
……だけど、一瞬、その瞳の奥が笑っていないようにも見えた。
うっそりとしたその怪しげな笑みに、さっきまで強気だったフィオの小さな体がびくりと跳ね、反射的に瞳を潤ませた。
「ぷゃ、にゃ、なに言って……!」
「噛んでるし」
プルプルしているフィオに突っ込みながら、ヴィーナがイリスをたしなめる。
「ていうかイリスさん、あんまいじめちゃダメですよ」
「あら、もちろんヴィーも可愛いわよ?」
「言うと思った……」
呆れたため息を吐いたヴィーナに、イリスがもう一度ふふふ……と笑みを漏らした。
……そんな光景を、窓の外から眺めている人物がいた。
もちろん、朝から百合への感謝のあまり涙を流しているレオニスだ。
(やばい、朝から仲良く談笑している光景、ほのぼのしていて癒される……!)
外からは四人の会話は聞こえなかったが、だからこそレオニスは自分に都合のいい脳内アフレコをして、その光景を堪能していた。
(やっぱりあの四人、百合としての素質がありすぎるなぁ。どう考えてもあの光景の中に僕は必要ないというのに。……ああでも、流石にそろそろ顔を出さないと怪しまれてしまうか……)
そんなことを考えながら、しばらくして満足したレオニスは、ホクホクとした表情でやっとダイニングルームに向かったのだった。