百合の前では空気でいたい
兎にも角にもそれぞれの名前を知れたところで、レオニスはさてこれからどうしようと考えた。
父はどうやら、この四人の中から嫁を探して欲しいと思っているらしい。
だけどレオニスは、やはり美女四人を前にしても、自分がこの中の誰かと結ばれたいという気持ちが沸かなかった。
それよりも……
「レオニス様! 私が持ってきたお土産を召し上がりませんか? うちの国の名産、ブルーベリーを使ったタルトを持ってきたんです」
「あっ、ず、ずるいです! 私も、私もお土産に茶葉を持ってきたんですよ! 薔薇の花を使用していて、とても香りが良くて……」
「ちょっと! 真似しないでください!」
「……」
やけに前のめりなフィオに、負けじとリリアーナが口を開き、最終的に二人の言い争いが始まる。
その光景にヴィーナが呆れ混じりのため息を吐き、イリスはあらあらといった表情で笑っている。
さっきと全く同じ構図だ。
一方レオニスはというと、ただ静かに微笑んでその光景を眺めていた。
……もちろん内心では、目の前で繰り広げられる百合展開に大興奮したまま。
(やばい、犬猿の仲のケンカップルとか王道展開すぎる! 幼いのに強気なフィオさんと、それに負けそうになりながらも必死に言い返すリリアーナさん、良い……!
リリアーナさんの八の字眉も可愛いし、フィオさんは小型犬みたいにキャンキャン吠えてる感じが最高だ。ずっと見ていたい……!)
顔だけは完璧な王子様スマイルを保ちながら、レオニスは滅多にない百合供給に内心萌え転がっていた。
だけど、こちらが止めなければ二人の言い争いはいつまでも収まりそうにない。
伺うようなヴィーナの視線にハッとしたレオニスは、あくまで平静を装って口を開いた。
「お二人とも、どうぞそのくらいで。わざわざお土産までありがとうございます」
「! い、いえ、そんな……」
「せっかくです。お二人のお土産を今ここで一緒に頂くのはどうですか?」
レオニスの言葉に、四人が(一部は渋々)頷いた。
使用人が、全員の前にそれぞれブルーベリータルトと紅茶のカップを用意した。
改めてフィオとリリアーナにお礼を言い、全員でお茶会を始める。
「わ、美味しい……!」
早速タルトをひとくち食べたヴィーナが、思わずといったようにそう呟いた。
「当たり前でしょう。リト国は小さい国だけど、手が行き届きやすい分、農作物はどれも高品質なんです」
そう言うフィオは、自国の食べ物を褒められたせいで心なしか得意げだ。
「ア、アザレア国だって、お花の栽培は……」
「お花じゃお腹は膨れませんけどね」
ツンと澄ましたフィオの言葉に、リリアーナがしょぼんと肩を落とす。
代わりに紅茶のカップに口をつけたイリスが上品に微笑んだ。
「でも、このお紅茶はとっても美味しいわ。それにアザレア国のお花畑は私も好きよ」
「ほ、ほんとですか⁉」
「ええ。どの季節に行っても綺麗な花が咲いていて、とっても美しいもの」
途端にリリアーナが嬉しそうにはにかみ、その笑顔にイリスもうふふと笑い返した。
レオニスはというと……フォークをタルトに刺す途中で、石像のように固まっていた。顔だけは王子様スマイルを浮かべたまま、器用に呼吸を殺し、完全に気配を消している。
(イリスさん、大人の余裕がすごい。包容力もあって、でもその微笑みにはどこか色気もあって、ザ・大人の女性って感じだ。圧倒的お姉様だ。
そしてイリスさんにフォローされて嬉しそうにしているリリアーナさん、一気に妹キャラに見える。こっちの絡みも最高だ。百合、最高だ……)
百合の世界に男は不要、という持論を持っているレオニスは、一応今日の主役であるにも関わらず、完全に気配を消してその場の空気と化していた。
レオニスとしてはこのまま静かに百合を眺めるだけでよかったのだが、ヴィーナに「……レオニス様? 大丈夫ですか?」と訝し気に声をかけられてしまった。
やむなく空気モードを解いたレオニスが、何事もないかのように微笑み返す。
「失礼、大丈夫ですよ。本当に、タルトもお茶も美味しいですね」
レオニスの言葉にフィオとリリアーナが嬉しそうな表情を浮かべたところで、イリスが「それにしても」と呟く。
「こんなに素敵なお茶会があるのなら、私も何か持ってくればよかったわ。可愛い妹たちもできたことだし……」
「……妹?」
「ええ。みんな私よりも年下でしょう? それなら妹みたいなものだわ」
驚く面々をよそに、イリスがさも当然と言わんばかりの表情を浮かべる。
「私、兄が四人いるけれど、下のきょうだいは一人もいないのよ。だから妹や弟を持つのに憧れていてね」
「い、いやいや、ちょっと待ってください。一応これでも私たち、ライバル……? みたいなものなんだから……」
あまりにも呑気なことを話すイリスに、ヴィーナが苦々しくそう告げる。
するとイリスは驚いたように、その美しい瞳を少しだけ瞬かせた。
「あら、何故?」
「何故って……だって私たち、レオニス様の結婚相手の候補として呼ばれたんですよ? 選ばれるのは一人だけだし……」
「結婚……」
そう呟きながら、イリスがレオニスの顔を見る。
それからやっと今日の目的を思い出したように、「ああ」と呟いた。
「そういえばそんな話もあったかしら」
おっとりとしたイリスの発言に、その場の全員の肩がガクッと落ちる。
(……イリスさん、もしかして、結構天然?)
レオニスがそんなことを思っている間にも、イリスは呑気に紅茶を口に運んでいた。
そのカップをうっとりする所作でソーサーに置き、それからイリスがレオニスに目を向けた。
「それで? 王子様」
「は、はい?」
「お嫁さんにしたい人は決まったかしら?」