王子様は百合がお好き
アウーム国の第二王子であるレオニス・アウームは、父王の前で愕然とした。
「ち、父上……今、なんと……?」
「だから、お前の嫁候補として、隣国の姫をお招きしたと言ったのだ」
「な、何故⁉」
自分で言うのも変だが、レオニスは女性にモテた。
柔らかい金髪にエメラルド色の瞳、その甘い顔立ちは『理想の王子様フェイス』との呼び声も高い。
性格も穏やかで文武両道。もちろん王子としての所作やマナーも完璧だ。
正直非の打ち所がないくらいには、完璧な王子様である。
「何故ってお前、二十歳にもなって一度も女性と付き合ったことがないだろう」
「ヴッ……」
「お前なら引く手あまただというのに、暇さえあれば部屋に引きこもってばかり……。何故その歳で女っ気ひとつないのだ?」
「そ、それは……」
口ごもりながら、レオニスは自分のつま先に視線を落とす。
理由があるにはあるのだが、とてもじゃないがこの父に伝えることはできない。
「とにかく、自分で探せないようだから私が嫁候補を見繕っておいたんだ。今日中にはいらっしゃるから、きちんとお相手をしなさい」
「……分かりました」
渋々頭を下げて、王宮の大広間をあとにする。
自室に戻りながら、レオニスは大きくため息をついた。
「何故って、そんなの……」
呟きながら、机の上にあるノートをそっと手に取る。自分の筆致で書かれたそれはただの日記……などではない。
自分で書いた、小説だった。
それも、百合──女性同士の恋愛を描いたものの。
レオニスはその整った顔をぎゅっと歪めながら、苦々しく呟いた。
「男女カプなんか邪道だろうが……!!」
レオニスが『それ』と出会ったのは、十五歳の頃だった。
大国の第二王子として順風満帆な、しかしどこか刺激のない人生を歩んでいたレオニス少年は、ある日国立図書館の奥まったところで、とある本を見つけた。
東洋の島国で書かれたその小説は、どうやら恋愛小説のようだ。
何となくそれを読み始めて、そして、出会ってしまった。
(……え、こ、これ……っ⁉)
どうにも女性ばかり登場するな、男性キャラの出番はまだだろうか、なんて考えていた矢先。
その小説の中では、なんと女性のキャラ同士が恋に落ち、あろうことか口づけまで交わしてみせた。
そのシーンを読んだ瞬間、レオニスの全身に雷に打たれたような衝撃が走った。
可憐で美しい女性たちが恋に落ちる、その密やかな甘美さ。
蝶や花が舞う楽園のような、綺麗なものだけで完成されたその世界。
──これだ。
僕の人生にとっての重要なピースが、ぴたりとはまったような心地だった。
そうだ。僕はこの美しさを、尊さを、味わうために生まれてきたのだ。
レオニスは夢中でその本を読み進めた。そして巻末のあとがきで、こうした女性同士の恋愛を描いたジャンルを、東洋の島国では「百合」と呼ぶことを知った。
レオニスはその大切な本をぎゅっと胸に抱きながら、静かに、力強く、心の中でこう呟いた。
(百合……尊い……!!)
そこからレオニスの人生は薔薇色……いや、百合色に一変した。
入手した百合小説を片っ端から読み漁り、時に萌え転がり、時に感動の涙に溺れた。
それだけでは飽き足らず、自分の中にあふれる衝動のまま、レオニスは生まれて初めて自ら小説を書き始めた。
もちろん誰にも見せたり教えたりしたことはないが、それでも自分の中にある百合への愛は、こうして形にして消化しなければならなかった。消化しておかないと、そのうち爆発しそうだったのだ。
とにかくこうしてすっかり百合に魅せられたレオニスは、自分の恋愛そっちのけで百合一色の日々を送っていた。
一応王子としてそれなりの外ヅラは保っていたが、それも最低限だけ。おまけに自分には優秀な兄がいたので、後継ぎ問題なども気にしなくてOK。
だから自分はこうしていつまでも、気ままな独身百合ライフを楽しむつもり……だったのに。