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王太子の婚礼から5年の月日がたった。セレスティーナ妃が率いる王太子宮は順調に政務をこなしていた。
オーガストは世継ぎをもうける為に娼館遊びを止めて、ミランダの元に通い無事懐妊させた。
今度はセレスティーナは外部の乳母は求めず、丁度長男を産んだばかりの 徐爵されて男爵になったヨハン・マルティンと結婚して侍女の仕事を辞していたラミレスに復帰してもらう事になった。
ラミレスは侍女の中でも飛びぬけた能力がありセレスティーナ妃の懐刀的な存在で、結婚してからも、妊娠がわかっても侍女の仕事を続けていた。
ラミレスの生家クシュナ伯爵家は法律家の一族だった。
昔は王族の言葉が掟と言い、貴族のやる事が法だと民衆を苦しめたが、セレウコス王国では先代の王から法治の考えが広がり、昔の法令を調べ整理する事業が始まり、それを主導したのが文に強いクシュナ伯爵家だった。
男子はもちろん法律を主に学んだが、クシュナ家は女子にも学ばせた。
ラミレスは特にいわゆる本の虫で、法律書以外も文字が書かれていれば何でも読み、その博識さは兄達をもうならせた。
セレスティーナ公爵令嬢とは貴族令嬢達とのお茶会で親しくなり、公爵家の蔵書の多さを知ったラミレスはそれに惹かれてセレスティーナと友達になったとも言える。セレスティーナも読書は好きだったので二人は仲良く図書室でお茶会をした。
代々宰相の地位にあるサラザール伯爵家は頭の良い配偶者を求めている、年もあったのでアンリとラミレスの婚約はとても似合いだと思われた。
宰相の長男アンリは座学に秀でた秀才だ貴族学院の入学試験では首席だった。
学院に入ってから、ラミレスは自分が蔑ろにされているのを感じ始めた。
学院首席の宰相家の長男、アンリは薄い茶色のストレートの髪をなびかせ、深い紫色の涼やかな瞳を持ち、すらりとした高身長で人目を引く存在だ、婚約者がいようとも関心を引こうとする女子生徒は沢山いた。
特にミランダ・カート男爵令嬢は身を寄せてアンリに近づき、頬を赤らめる姿をラミレスに見せつけ、嘲笑った。
さすがにこれには抗議したラミレスに
「ミランダとはただの友達だ、嫉妬するなんてはしたないよ」
そう軽く返事をされて、フッと何かを理解してしまった。
アンリとの婚約は貴族生活に必要な事で、その為には忍従を覚えなくてはいけない、不機嫌な男の機嫌をとり、家政を取り仕切り、自分に関心のない男の子供を幾人か産まなければいけない。
ラミレスはもうアンリに抗議する事はなかった、時間ができれば図書館に通い、本を文字を読み漁った。
そんな娘の姿を父親は不憫に思ったし、宰相のサラザール伯爵に不満も持った。行政のサラザールに対してクシュナは法令だ、微妙な貴族のプライドがクシュナ伯爵は娘にある提案をした。
婚約を解消して王宮に侍女として勤めないかと、ラミレスはまだ自分の人生を選択できるのだとわかると、何日も考えそして答えは侍女への道だった。
この決定の後、学年首席はアンリからラミレス・クシュナ伯爵令嬢に変った。
卒業間近のある日、ラミレスはセレスティーナ公爵令嬢からある相談を受けた。
自分は王太子妃になるのでその手助けをしてくれないかと。
オーガストのミランダ嬢への寵愛を知っているラミレスはセレスティーナも婚約破棄をした方が幸せではないかと常々思っていたので、セレスティーナの申し出が不満だった
「お飾りの妃など不幸な一生ではないですか、婚約破棄をしても他国の貴族なら縁を結べるでしょうに、むざむざあんな男の為に身を犠牲にしなくとも」
「ラミレスよく聞いて、私は自分の望みをかなえる為に王太子妃になるのよ、そしてそれにはあなたの助けが必要なの」
セレスティーナはその後に自分の望みを話した、それはラミレスには想像もつかない計画だった、なにより法を学んだ者にとっては、犯したはいけない事だった。
セレスティーナは誰よりも美しく、完璧なマナーを持ち、幼い時に世継ぎと婚約したことで王妃教育も十分に教え込まれていた。少し頼りなさを感じる王太子でもセレスティーナが隣にいれば大丈夫だと皆に思わせられる令嬢だ、その彼女にこんな決断をさせる恋があるなんて。
「どうしてここまでするの」
「彼を愛しているの、この思いの為ならなんだってやりたいの」
セレスティーナの今まで見たことのない思い詰めた表情にラミレスは驚きつつも、その恋の力の大きさになぜか憧れを感じて、セレスティーナの侍女として彼女を助けると約束してしまった。
セレスティーナとオーガストは白い結婚である事、ミランダの産んだ子供をセレスティーナが産んだ子にする事、この為には王太子宮の侍女、侍従、メイドなどを管理し秘密を洩らさない体制にしなければいけない、バーナード公爵家から多くの人を入れ、ラミレスも自分に忠実なメイドを側に置いた。
フィリップ王子は母親似の赤い髪と瞳の赤子だったので、髪は金に染めて、瞳の色はもう亡くなっているセレスティーナの祖母に似たとして、正統性を作ったのだ。次の子も、王太子夫妻の正統な子だと偽る為に、産後にもかかわらずラミレスは王太子宮に戻った。
「君は働きすぎやで、可愛い坊主もできたのに、家でゆっくり本でも読んでたらええやん」
ラミレスの夫ヨハン・マルティン男爵は相変わらずの北部訛りで今は仕事の虫になっている妻に抗議した「可愛いアランも宮殿で一緒にいられるように妃殿下が部屋を用意してくださるそうです、どうせあなたも徹夜で王宮にいらっしゃのが多いんですもの、かえって家族団らんできますわよ」
「なるほどそれはいいアイデアや、なんで俺が思いつかんかったやろう、この知恵の泉で滴るええ男の俺やのに」
相変わらずの自惚れもラミレスは聞き飽きてて微笑む事しかしなくなった。王都に来て4年たつのに直そうとしない北部訛り、王太子妃の前でも恥ずかしげもなく言う自惚れ、でも人懐っこくニヤリと笑う黒髪黒目の顔立ちの整ったヨハンに、なぜか皆笑顔を返してしまう。
東部の僻地の工事現場の人足達も、南部の豪商達も、そして王太子宮で、いきなり慣れ慣れしく話しかけられて戸惑ったラミレスも、大胆な行政のアイデア、誰にでも近づける人たらしの天才、こんな面白い男と結婚できて私のあの決断は悪くなかった、ラミレスはそう思っていた。




