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セレスティーナとミランダの会合には、腹心のラミレスだけが同席した。
ミランダの今の立場は複雑だった、公には王の愛妾だが子はなしていない事になっている。
12歳の第1王女ジュディス、10歳の第2王女アグネスは王妃セレスティーナの子として成長している。
子のない愛妾に意味はない、王宮からの追放もあるだろうと、多くの貴族達は思っている。
便宜上オルレアン伯爵という老人と結婚した事になり、オルレアン伯爵夫人と名乗っているが、身分低き男爵家の娘と高位貴族からは軽んじられているのだ。
「謁見の願いをかなえていただき誠にありがとうございます。」ミランダは深々とお辞儀をし頭を下げた、そのしぐさは優美なものだった。
学院時代や愛妾として王宮に入った頃は、マナーに目を潜める貴族もいたが、今の振る舞いは立派な淑女になっていた
「久しぶりねオルレアン伯爵夫人、いえ、久しぶりどころか貴方と二人で話した事はなかったわ、初めてなのね私達、こうして顔を合わせて話しをするのは」
セレスティーナにとってミランダは、貴族学院に入った頃から常に頭から離れない存在だった。
婚約者王太子オーガストの隣にいる、ピンクブロンド髪と赤いルビーの瞳を持つ愛らしい少女。
オーガストの愛情を独占し、セレスティーナを屈辱のお飾り妃にさせた女。
最大の敵とも言える女だが、学院時代も王宮でも、直接にセレスティーナから話しかけたことはなく、立場上ミランダが話しかけてはいけない。
オーガストが亡くなり、今やっと二人は話し合う機会がやってきたのだ
「皇太后陛下にお話ししたき事とは何ですか」ミランダがしばらく沈黙しているのでラミレスが促した「先ずは、これまでの非礼の数々にたいして謝罪をお受け取り下さいませ、申し訳ございませんでした」ミランダはより深く頭を垂れた、
「陛下がお隠れになり、貴女のここでの立場はもうないのよ、謝罪くらいで立場が守られるとお思いなの」
セレスティーナになぜか返答がなかったので、ラミレスは言葉を強くして言い放った、
「陛下のおられない王宮に、私の居場所がもうないのは承知しております、どの様な処分も覚悟を持ってお受けいたします、お願いしたきは私の事ではございません、アグネス第2王女殿下の事でございます」セレスティーナもラミレスもその名を聞いて驚いた。
確かにアグネスはミランダの産んだ子だ、しかし、セレスティーナ王妃の娘として成長し、周りからもその出生に疑問を抱いている様子はない、
「まさか貴女はアグネス殿下に自分が母だと名乗ったの」
ラミレスは厳しい口調になった。
オーガストの寵が薄れた頃に、ミランダから王女達の世話をさせてほしいとの願いがあった。
ラミレスはミランダが王女達に近づくのは不都合とセレスティーナに進言したが、セレスティーナはそれを許していた。
やはりこうなった、自分の子を見れば情も湧く、そうラミレスは思った
「その様な事は決してございません、あれだけセレスティーナ様を母として尊敬しお慕いしておられるアグネス殿下に、私の様な者が母であるなど、とても話す事などできません」
ミランダの言葉は真剣だった
「私はお近くに仕える事が出来る様になりましてから、両殿下の御様子をしっかりと見てまいりました。姉君のジュディス殿下は明るく闊達で誰に対してもお優しい、陽の光の様な姫様。妹君のアグネス殿下はおしとやかで、思慮深く、読書が好きで、周りの人々に気を使われる、月の光の様な落ち着きをもたらす姫君でございます。両殿下ともお母上であるセレスティーナ様の様に美しくなろうと、賢くなろうと、皆から慕われる様になろうと、日々努力しておられます、私の様な身分卑しく正式の結婚を壊してまで自分のエゴを押し通す様な女が母であるなどと口が裂けても言えませぬ」その言葉を聞いてセレスティーナはドキリとした、黒髪の礼儀正しい少年と、巻き毛の茶髪が愛らしい少女の顔が浮かんだ、実家のバーナード公爵家に帰った時にやっと出会える、バーナード公爵家の遠縁の兄妹、今は王弟夫妻の所に住まい兄は5歳下の王太子の側近となるべく育てられ、妹は公爵令嬢として丁重に扱われている。セレスティーナは伯母として身内として優しくかかわろうとするが、王妃である立場を重んずる兄妹は恭しい行動で接してくる、いつも側にいる妹マリアーナには甘えるような顔をするのに、それが悲しい、けれども、それは身づからが招いた恋の代償なのだ、「わかったわ、伯爵夫人、秘密は守ってくれているのね、アグネスは可愛い子私を慕ってくれているのも感じるわ、ジュディスに比べると大人しいとは思っていたけれど、何かあの子に心配な事があるのかしら」
「アグネス殿下は赤子の時から赤い髪を黒く染めておりました、バーナード公爵の曽祖父は赤毛でしたからアグネス殿下の赤髪もおかしくはないのだけれど、母に似た黒髪の方が国民にもわかりやすいとの話をアグネス殿下に話しておりました。お小さい時には何も気にされず髪を染めておられたのですが、最近は髪を染める事に神経質になっておられて、少しでも赤い毛が見える事を嫌がられます。どうしてそこまで黒髪にこだわられるのか、そして、赤毛が人の見られない様に人に会うのを嫌がられるそぶりもあり、なぜと考えておりましたが。どうやらアグネス殿下は自分の父がオーガスト陛下ではなく、母の恋人ではないかと考えておられる様なのです」
「何ですって」セレスティーナとラミレスは叫んでしまった。




