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何を誇るというもののない故郷に帰ってきたトーマスに、こんな所に帰ってきてと思わず言った上司でもあり、父でもあるアンリにたいして

「何もないから、なんでもつくれますよ」

とトーマスは明るく答えた。

若者の希望に水を差してはいけない、暖かい目で見守らねばとボルガノの代官アンリは考えていた。

優秀なトーマスは役所の仕事はすぐに覚え、空いた時間でアンリが始めた私塾に関わった。

学院での3年間をその為に使ったかの様に、色々な対策を考え実施した。

王都で集めた膨大な本(ほとんどが寄付)、宰相府で教えてもらった私塾に対する法律、申請できそうな補助金、貴族学院の教師で退職した後にボルガノに来ないかとのスカウト、その行動力にアンリは舌をまいた。

「地方貴族、低位貴族の為の教育機関を作る、それが目標なんです」

キラキラと瞳を輝かせてついにトーマスは宣言した。


そうして、ボルガノは教育都市になっていった。


純粋な学問には王都の貴族社会から距離がある方が良いと、科学系や歴史を研究する人々が集まり、痩せてはいるが土地は広かったので、新しい植物の実験農場もできた。

旅行好きの皇太后も訪れてその成果を称賛し多額の寄付をした。

サラザール伯爵家も息子の汚名を挽回する為に後援し、王妃セレスティーナもこの活動を認めた。

後にアンリに徐爵を進めたが彼は頑なに固辞し、結局トーマスがトーマス・カスバート男爵になった。


アンリの名はアンリ・サラザール学園という名前で後世に残った。


「私の名はこの時代なら有名だが、アンリ・サラザールの名は歴史に残るだろう」

ヨハン・マルティンは妻ラミレスにこう語った。




オーガストの治世になって8年たった。

国は富、国境は平和、甥への立太子も済、全てが順調だったその冬に、国王崩御の激震がセレウコス王国を襲った。

それは突然の出来事で、しかも、死因も病の原因も王妃セレスティーナにとって予想だにできないものだった。

オーガストは場末の娼婦の部屋で、天然痘にかかり死へと向かったのだ、国王オーガストは秘密裏に感染防止の白衣を纏った医者達によって、娼婦の部屋から、比較的近くにあったカール・クレイマン伯爵が後援している修道院に移され、そこでようやく、ガラス越しに王妃セレスティーナは対面した。


赤黒くただれた皮膚、水疱の膿が身体を覆い、高熱がオーガスト王の意識を時折失わせ、皮膚の痛みでまた目を開ける、そして目を開けガラスごしのセレスティーナに気づくと、オーガストは口を動かしセレスティーナに言葉を伝えようとした、

「すまない」そう口が動いた

「たのむ」苦しみの中で以外にオーガストの表情は穏やかだった、謝罪の言葉と願いの言葉そして

「ありがとう」と感謝の言葉も口にして、セレスティーナに見守られながら国王オーガストは息を引き取った。

深夜数時間の出来事で、動かなくなったオーガストをじっと見つめながらセレスティーナはこの事態を理解しようと、カールからなぜオーガストがこの様な最後になったのかを聞く事になった、オーガストはこんな所で何をしていたのか、


「一人の娼婦と出会ったのですよ、元公爵令嬢だと、婚約破棄されて、冤罪をかけられて娼館に身を落としたのだと言ってました、名前はファウスティーナと言いました、陛下の隣で病で亡くなっていた女です」カールは長い話を始めた


ミランダに飽きたオーガストに気安い娼館遊びを教えたのはカールだ、それは政治からオーガストを遠ざけたいセレスティーナの意向に沿うものだった。

オーガストの取り巻きの一人だったカールは、最初からオーガストよりも賢いセレスティーナに付く方が利ありと考えていた。

大商会を持つクレイマン伯爵家は下情に通じていたので、娼館一つをオーガストの為に心地良い空間にするのは簡単だった。

ミランダの様な可愛らしい顔に、少し鈍い頭、小金持ちの男爵と偽っているオーガストに群がる様に寵を求める女達を集めた。

その中でファウスティーナは少し違った。

たとえ身を落としたとしても私には公爵令嬢としての矜持がある、自分よりも困っている人には手を差し伸べるべきだと、病気になった同僚にスープを運んだり、慣れない客に怒られる新人をかばったり、ほとんどの娼婦は字が読めなかったので、契約書を代わりに読んだりと、他を蹴落とす事ばかり考えている女達の中で、ファウスティーナは一人、他をいたわる事のできる、淑女の様に振る舞っていた。

もっとも高位貴族のカール、王族のオーガストにしてみれば、彼女の読み書きや、マナーは、商家や低位貴族程度のもので、たどたどしいカーテシーにアドバイスして、優雅にみられるようにしてあげて、公爵令嬢だったという話を少し真実に見える様にと彼女に気にかけた。


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