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トーマスが王都に向かってから2年半の月日がたった、彼の学生生活は日々は順調だった。
首席入学を果たし特待生となり、僻地からの低位貴族だと蔑まれそうな身分だったが、サラザール伯爵家の人々が長い間顔を見ていないアンリの近況を知りたいとトーマスを伯爵家に招いたりしたので、高位貴族からも一目を置かれる存在となり、本人の誠実な立ち居振る舞いもあって学院生活は充実していた。
手紙でこの様子を知った母ユディットも、アンリも、これでトーマスの人生は開かれた、きっと王都でヨハン・マルティンの様に活躍するだろう、寂しいけれどもボルガノで息子の便りを楽しみに生きようと考えていた。
しかし、進路を決める時期になって、トーマスの手紙には故郷に帰り、アンリの下でボルガノの行政に携わりたいとしたためられていた
「君が一人になるのが心配なのだろうか」
トーマスの手紙はいつもユディットと二人で読む様になっていたのでアンリはそう考えた。
トーマスは母一人子一人で生活してきたので母への思い入れは強かった。
寂しい僻地に母を残す事ができなかったのか、ユディットはこれまでの苦労の為か身体は弱かった、トーマスが王都でそれなりの立場になれば呼び寄せる事もできるが、それには年月がかかるだろう
「親の心子知らずですね、あの子は昔からこのボルガノが好きで、よくそう言ってました、王都に行けば広い世界を知って王都で働きたいと考えるだろうと思っていたのですが」
「弟からの手紙でも、トーマスは王都の貴族の子らとも、地方の出身者とも仲良くしていると書いてあったから、王都に馴染んない事はないはずなんだ」
トーマスの件依頼アンリは頻繁の弟と連絡を取るようになっていて、宰相府での文官登用も可能だと、是非仕事をさせたいとも書いてあったのだ、二人は長い事考え込みせっかくユディットが入れたお茶が冷たくなった
「君が再婚して、安心してここで暮らせるとトーマスに知らせたらどうだろう」
アンリは良い案を思いついたとニコリと笑って
「私とではどうだろうか」
と真面目な顔でユディットを見た。
しかしユディットの表情が固まったのを見て慌てて
「すまない、すまないこんな都落ちの落ちぶれた私なんかじゃだめだ、この町にも支店がある大商人のハンスはどうかな、細君を亡くしてしばらくたつらしい、いつも君の事を趣味のいいご婦人だと褒めていたんだ。ああ、しかし年が上すぎるかな。そうだ、役所のカールはどうだい、年下だが彼は子爵家の人間だし、仕事もできるからこれから出世していくだろう、君がここに来るととても嬉しそうにしているんだ、しかし、やはり年が下過ぎるかな」
アンリは話しながらユディットの眉根が深いしわをつくり、顔色が悪くなっていくのを見て焦ってしまった。
それにユディットへの結婚相手を考えれば考える程、ユディットがいなくなることを、こうしてトーマスの手紙を一緒に読むこともできなくなる。
トーマスに勉強を教え始めてから、役所の部下、トーマスの友達、本があると聞いて是非読ませてくれと遠くから来た人、そんな人々が集まってきて、今ではアンリの塾のような物が出来上がり、ユディットはそれの手伝いもしてくれていた、それをする事もできなくなる。
彼女の入れてくれるお茶が飲めなくなるそれはいやだ
「だめだ、やはり私には君にふさわしい相手が思いつかない、君は素晴らしい女性なんだよ、私がこんな落ちぶれた男でなかったら、トーマスにだって誇れる父親になれたろうに」
アンリは肩を落として呟いた
「私に再婚なんて、どうしてそんな事をおしゃるんですか、私の様な年増の出戻りに何の価値があるというのですか」
ユディットは顔を赤くし泣きそうになって目が潤んだ、それを見てアンリはいよいよ動揺してしまった
「君が誠実で優しい人だと、この役所の人間も、塾の生徒も、ボルガノの人達もみんな知っているよ、不幸に打ちのめされる事なく、息子の為に考え行動する、周りの人達が安らげる様にいつも気を配ってくれる、ああ、傲慢な失敗をする前の私だったら、少しは君にふさわしかったかもしれないのに、こんなに落ちぶれて」「落ちぶれて下さったから、お会いできたんです、こんな事を言っては申し訳ないのですが、落ちぶれてこの町に来て下さったから、お会いできて、トーマスの事もお願いできました、それからの日々は私にとってとても心豊かなものでした、私は貴方様の失脚を喜んでおりました、申し訳ございません」ユディットは頭を下げて、泣き顔を隠した、震える肩に思わずアンリは手を置いた
「私の失脚は、君と出会うという意味があったんだ」
二人は目を合わし見つめあい、アンリの手に力がはいった。
二人はもう一度トーマスに手紙を書き、一緒の封筒に入れて王都に送った。
けれども、それでトーマスが反意する事はなかった。
卒業するとトーマスはすぐさま馬車に飛び乗り故郷に帰ってきた、懐かし母と尊敬する新しい父の元へ。




