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「セレスティーナ、君を愛する事は僕には出来ない、ミランダしか愛せないんだ」
王太子オーガストの自分勝手な望み、王太子の地位には付きたい、ミランダしか愛したくない、妃のセレスティーナとは子は作りたくない、自分達の望みだけを考え、王国の後継者も、婚約者であるセレスティーナの幸せも無視する、息が詰まるような怒りをセレスティーナは必死に抑えていた。
さっきまでユリウスと、貴族として王国の為に身を犠牲にするか、悩み苦しんでいたのに、王族のオーガストのこの無責任さ。
この表情を見られまいと隠した扇の影で、どす黒い怒りの炎に身を包まれながら、もうセレウコス王国への忠誠心も王族への敬愛もすっかりなくなったその先に、セレスティーナは一つの光を見つけた。
罪を犯すのも、人を欺くのもなんだってやってやる、ユリウスとの恋の為になんだってできる。
「わかりました。私に任せて下さい、全て解決してみせます」
扇の影で企みを考え実行を心に誓った、もうなにも怖くなかった。
初夜の王太子夫妻の寝室でオーガストとミランダが抱き合っている時に、メイドの服を着て、護衛騎士ユリウスの部屋に走りこんだセレスティーナは、3年ぶりに同じ空間にいるユリウスの逞しくなったその胸に身を投げ出した。
王太子妃の不義密通、大罪である、本人たちは元より、関わる人々にも罰は大きい、けれども、この秘密に関わった人々に悔いはなかった。
それだけ、オーガストとミランダへの憤りが強く、セレスティーナへの愛情が深かった。
幼い頃から彼女を愛してきた侯爵家の家族、使用人たち、そして友のラミレス、多くの人々の思いでこの秘密は守られている。
セレスティーナは30歳になった、表向き3人の子を産んでいる、これ以上の妊娠は年齢的に好ましくない、よって、世継ぎの王子は諦めて、王太子は王弟アーサーとマリアーナの第一王子ヘンリーとする。
この決定をセレスティーナに勧められて、国王オーガストは頷いた。
とっくにわかっていた結果だ、男爵の娘でしかないミランダの子が王位につける事などできない。
だから、妹を第2王子に嫁がせたのだ。
セレスティーナの最初の条件はこの為にあったのだ。
フィリップは亡くなる運命だったのだ、恋にのぼせた愚かな自分をオーガストは自嘲した。
けれどもオーガストは国王として称賛されている。
国内産業はヨハン・マルティンの大胆なインフラ投資によって活況を呈し、軍事力は軍務省の設立で効率的な組織になっている。
国内がまとまっているので、外交も立場が強い。軍事国家マグワイアとも交渉のテーブルに着く事が出来ているし、海賊退治の為に南の大陸の異教の国とも外交使節が行き来している。
高位貴族は地位を脅かされる事なく安泰だが、低位貴族は実力を認められれば仕事が与えられる。
ラミレスとヨハン・マルティン、エルミーネとヘンダーソン辺境伯、高位貴族、地方貴族、新興貴族を閨閥に組み込み貴族社会を活性化させる。
全て王妃セレスティーナの執務室で練られた案だが、国王オーガストの名の元に実施されていく、全てはオーガストの功績となる。セレスティーナの独断だと、オーガストが反対すれば、築かれた名声は地に落ちるだろう、だから、親友達が地方に追いやられても目をつぶるしかない。
ミランダとの逢瀬も途絶えがちになり、ミランダの関心は自分の産んだ娘達になっていた。愛妾であるが王妃付きの侍女の立場もあるので、王女の世話をすることは出来る。王妃が生んだ王女に子のない愛妾が近づく事にわだかまりを感じる人もいるが、セレスティーナはそれを許した。
そうして、国王オーガストは王宮内では無力を感じるばかりになったからか、あの下町通いが復活した。カールが付き添っているので心配はないとセレスティーナは考えていた。
好きの反対は嫌いではなく無関心だ。幼い頃の婚約者への愛情を亡くしたセレスティーナはオーガストの行動にとらわれなくなっていた。下町の娼館遊びに行くのにしては、浮ついた顔ではないオーガスト、それに気づくことはなかった。
アンリの動向がセレスティーナの耳に入ったのは、その頃だった。
アンリの弟オットーが宰相の執務室で話題に出したのだ
「兄から久しぶりに手紙がきたのですが、貴族学院の教科書を送ってくれと書いてあったのです。なんでも、貴族学院に入りたい少年がいるらしいのですが父親を亡くした田舎貴族の息子なので、入学に苦労しているらしくて、成績の特待制度が使えないかと、勉強をみてやっているそうです」
オットーは少し誇らしげに兄を語った。
アンリが廃嫡されるのを一番反対したのが、弟のオットーで、一番望んだのは兄のアンリだった。
二人は仲の良い兄弟で、兄の代わりに伯爵家を継ぐ事はオットーにはつらい事だった。
家名を傷つける成果しか出せない自分よりも、名家の娘と結婚し着実に宰相府で仕事をしているオットーの方がサラザール伯爵にふさわしいとアンリは考え、辺境の任地から動くのを拒否していたのだ。




