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セレウコス王国の国王が崩御した。
まだ53歳の若さだったが、在位期間は30年を越え心身ともに重圧に苦しむ日々だったのだ。
国王は混乱する王国をまだ若い20代に継承し、秩序を重んじた政治で国難を乗り越えた。
高位貴族を優遇したが、それには重い責任を負わせた。税は出来るだけ安くして、混乱で疲弊していた国民生活を安定させた。
名君とあがめられるのは当然だった。
王妃も賢婦人の誉高く、王を支え宮廷を取り仕切り民を慈しんだ2男1女を産み育て、王女は東部の要衝の国に嫁いでいた。
葬儀が終わり、少し落ち着いた時にセレスティーナは皇太后となる義母に内密にと呼び出された。
二人だけで話したいと、白の庭のコテージで、護衛も側仕えも離して二人はお茶を飲んだ
「私は摂政にならないと決めたの」
まだ50代半ばの年齢、これまでの治世の関わり方からして、しばらくは皇太后として摂政となり、国政に関わるとセレスティーナやオーガストはもちろん臣下はみんなそう考えていた。
「なぜですかお義母様、私達はまだまだ経験不足ですし、国外の評価も得られていません、お義母様が政治の中心におられる方が国も安定すると思います」
セレスティーナは気使わし気に義母を見た。
義母とはもう長い付き合いだった、婚約者として選ばれ王宮に通い妃教育を受け、もしかしたら本当の母よりも長い時間を過ごしたかもしれない、オーガストの心がミランダにしかない事もよく知り、そしてセレスティーナがつらい立場で王太子妃になった事も良く知っている
「大丈夫よ、貴女はよくやってくれているは、亡くなった陛下も安心して王冠を譲れるとおっしゃていたわ」
その言葉に迷いはない
「貴女のやりたい事を貴女のやり方でやればいいのよ、それがこの国の為になる事を私は知っているわ」
そうはっきりと言い切った
「私のやり方は、決して、正しくは」
セレスティーナは苦しい表情で思わず言ってしまいそうになったが
「政治はね、結果の正しさが全てなのよ、身分を問わず有能な者を引き立て、遠隔の領地と交流を増やし、私達が見落としていた人や土地に光を当てている、立派な王太子妃よ」
少し厳しい顔になって言葉を続ける
「迷ってはダメよ、貴女が迷えば、国が迷うわ」
「フィリップ王子は残念な事だったと思います、けれども、幼い子には仕方ない事もあるのよ」
セレスティーナの持ったカップが少し震えた
「次の王太子はアーサーの第1王子に決めなさい、それでいいわね」
セレスティーナはふっと息をはき頷いた。
オーガストに王子はいない、弟王子アーサーの息子が世継ぎになるのは順当だった。
「私これから、何をすると思う」
義母は表情を一変させて、悪戯っ子の顔になった
「まさか修道院に入られるのですか」夫を亡くした王妃はその道に進む事が多かった
「ふふ、それはもっと身体が衰えてからと思っているの、まだ元気な間にね、旅に行こうと思っているの、これまで、王都とその周りの土地以外何処にも行った事がなかったのよ」
幼い頃に婚約が決められ、王家に嫁ぎ、王都の高位貴族中心の生活で、地方を全く知らなかった
「あの訛りの強いマルティン卿のおかげで、セレウコス王国の色々な地方をこの目で見たくなったのよ、彼が進めた街道の舗装計画のおかげで馬車の旅も随分楽になったそうだし」
「ええ、王領の中の街道整備はマルティン卿が、各領地はエルミーネの御夫君を真似て領主自ら先頭に立って整備に力を入れて下さいました、皇太后様の検分はきっと皆喜ぶでしょう」
セレスティーナはにっこりと微笑んだ。
エルミーネを王都の社交界へ恙なく送る為に、夫アンドレイが自らつるはしを手にして道を舗装した話は社交界の婦人達に素敵な噂話として広まり、妻や娘にせっつかれ領主達の街道整備が流行った。
ユリウス・ソロン、アンドレイ、南部のフェラーラ伯爵などが画策している軍務省の為にも、軍の移動を容易くする街道整備は重要だった、企画に強いマルティン卿がこれを推し進めたのだ。
皇太后はそれから旅行を楽しんだ。
皇太后としての格式のある行幸、お忍びで子爵未亡人という恰好で気楽に出かける旅行。
本人も楽しんだが、受け入れる方も楽しんでいた。
子爵婦人と名乗ってやってくる、皇太后陛下をどれだけ本当の身分に気づかぬふりをして、どれだけ楽しめさせるか、平民を巻き込んでもてなしを考えるうちに、セレウコス王国の旅行は楽しい、と評判になり、旅行は一つの産業になっていった。




