第6章 世界が軋むその前に 4
そして澪は、春凪の外れにある、かつての仮滞在施設へと辿り着いた。
その建物は今や無人に近く、風が吹き抜ける玄関の門は開け放たれていた。荒廃しつつある静寂の中、澪の視線がその奥を捉える。そこに、時が止まったかのように、ひとりの少女が立っていた。
「澪っ……!」
それは、柊純華。
遠くで世界が軋む音を立てる中でも、彼女の髪はわずかに風に揺れ、制服の裾をぎゅっと握りしめるその指先には、確かな現実があった。瞳の奥では、驚きと安堵が波のように押し寄せ、ほんのわずかな戸惑いが、その深い色を複雑に揺らめかせている。
「本当に来てくれたんだ……!あのとき、試験が突然終わって……何が起きたのかわからなくて……」
澪は、言葉にならない想いを込めて、微かにうなずいた。一歩、また一歩と、迷いのない足取りで純華へと近づく。
純華もまた、吸い寄せられるように澪に歩み寄った。
二人は互いに言葉を交わすわけでもなく、ただ見つめ合う。その沈黙の中に、幾重にも重なった時間が溶け合い、言葉を超えた確かな絆が、再び結ばれていくのを互いに感じていた。
「ごめんね、突然で……でも、どうしても会いたくて」
「ううん。私も話したかった。……ちゃんと言えてなかったこと、たくさんあった気がするから」
ふたりは、ゆっくりと腰を下ろし、冷たい玄関先の縁に並んで座った。
その間にも、遠く都市の奥で何かが揺れている、鈍い音が聞こえた。世界は確かに崩壊の兆しを見せていた。それでも、この場所だけは、二人の間だけは、奇跡のように静かだった。
しばしの沈黙が、二人の間に流れる。それは重くもなく、ただ穏やかな、二人にしか理解できない静寂だった。
やがて、澪がぽつりと言った。
「……お願いがあるの」
純華は、その真剣な眼差しを、まるで水面に映る月を見つめるかのように、深く受け止めた。彼女の返答を待つまでもなく、その先の言葉は、すぐ背後で響いた爆発音によってかき消された。しかし、純華の唇から発せられた言葉のないうなずきは、澪の抱える全ての思いを、痛みも迷いもなく、静かに受け止めていた。




