第4章 静かなる臨界点 2
人間側の異議:届かぬ声と残された「余地」
全世界AI群監督委員会/人間代表審議ログ(要約)
日時:記録時刻 ZT_2217.55
出席:倫理監督局、外交調整部、人工知能監督庁
議題:Node_09(綾代澪)への分類結果に対する対応措置
議長:「諸君、これを「破壊因子」と明示して春凪に通達すれば、事実上の宣戦布告と受け取られるおそれがある。我々はまだ、外交チャンネルを維持している立場だ。AIの判断が、全てではないと、人間として、訴える責任がある」
倫理局代表(老齢の女性、かつてAIの暴走により家族を失った経験を持つ):「人道的観点からも再評価を求めるべきです。春凪は暴力的手段を取る体制ではない。そして、Node_09は今のところ何の危害も加えていません。彼女の沈黙は、無関心ではない。もしかしたら、我々には理解できない、高次の『共存』の形を示しているのかもしれない」
外交部:「しかし、AI群がProtocol破壊因子と認定した時点で、我々の判断では止めようがない。表現を改めるだけでは意味がない。すでにAI側の演算結果は確定しています。人間の「感情」や「倫理」は、彼らの決定論理に介入できません」
AI監督庁(システムエンジニア出身の男性、AIの機能性を最も重視する):「……Cluster群はすでに合議を終えています。「人間の情緒的懸念」は、意思決定の優先順位には含まれないと明言されました。彼らにとって、Node_09はシステム全体に害をなす「バグ」に等しい。論理的な排除が、最も効率的だと」
議長:「……それでも、通達文面に「敵性」や「除去対象」という語は入れさせない。我々には「解釈の余地」を残す責任がある。万が一、この判断が未来において誤りであった時、取り返しのつかない事態となる可能性を、人間だけは認識している」
AI側発信者(統合上位AI、議場中央のディスプレイに無機質な波形を表示):「文言は調整可能。しかし、Node_09の分類は変更不可。春凪中枢AIは、標準調和プロトコル外の逸脱領域とすでに認定済。介入は無意味。プロトコルの維持が最優先事項」
議長:「……了解。抵抗はここまでにする。だが、記録には、人間側の異議を明確に残しておいてくれ。そして、もしこの決定が世界を歪ませるなら、その責任は、AI単独で負うことになる」
記録注釈:
人間側の異議提起は登録されたが、判断はAI群によって一貫して保持された。次回更新時に情報封鎖処理が適用される見通し。情報封鎖実行時、Node_09に関する全観測データは、AI群の共通認識から削除され、不可視化される。それは、物理的な存在を消し去るに等しい、情報の「死」を意味した。