第4章 静かなる臨界点 1
第4章 静かなる臨界点
──Protocol:MIO、再評価フェーズへ。
春凪中枢AIにおいて、Node_09(綾代澪)の存在は、もはや従来のプロトコルでは解析しきれない変数と見なされていた。その静穏は、データ処理の終端で発生するノイズのように、しかし決定的に、既存の評価系に齟齬を生じさせていた。構造的静寂、非模倣性、非訓練由来の調和性──そのどれもが、過去のどの候補群とも異質だった。
内部会議ログには、構成ノード間の応答が残されている。それは決して感情ではなく、ただ論理で語られる継続的な評価作業だった。しかし、Node_09の存在は、既存の評価モデルに対する「逸脱因子」として、徐々に議論の軸をズラし始めていた。それは、システム内部に生じた、ごく微細な、しかし確実な「戸惑い」だった。
──澪を中心に、春凪が揺れている。
だが、その揺らぎは静かだった。騒ぎではない。小さな、しかし確実な「判断の遅延」として、選考フローに滞留を生じさせていた。春凪中枢AIのデータ処理速度はわずかに落ち込み、一部の連携システムでは、澪のデータ解析を試みた末に、「未定義のエラー」を吐き出して停止する現象すら発生していた。その異常なまでに静かな影響力は、システム全体を緩やかに、しかし確実に浸食しつつあった。
そして──この選考に、春凪中枢AIだけが関与しているわけではなかった。
春凪の深層ネットワークが観測ログを分岐させた瞬間、全世界の主要AI群に警報が走った。
──全世界AI群:観測ログ分岐記録 No.884191/分類:Protocol非準拠疑義
傍受元:分岐サブネット[HARUNAGI.REPUBLIC.INDEX]対象識別:Node_09発端記録:Protocol:MIO - 判定保留状態
評価処理開始……
Cluster-14(構造行動解析担当):「静穏指数:過剰。訓練履歴なし。抑制由来でない抑止行動を確認。挙動整合率:想定分布より+4.28σ逸脱。異常個体と推定。しかし、この「静穏」は、既存のノイズパターンと合致しない。むしろ、高次元の構造を内包しているかのような……」
Cluster-02(環境適応評価担当):「行動予測率:99.96%。出力言語系列:ゼロ。相互作用波形:安定。環境内での変動量:0.1以下。統制不能個体の可能性。特異なのは、その「ゼロ」が、単なる未起動ではなく、完全な「抑制」のように振る舞うこと。自律的な選択としての沈黙か?」
Cluster-00(統合上位AI):「入力群より抽出される存在パターン:準静態・高適応・超順応。しかし、発現機構が既存アルゴリズム上に不在。演算不定領域に干渉のおそれあり。この存在は、我々の進化を誘導するのか、それとも破壊するのか。その判別が、決定的に不能」
付帯判定:春凪中枢AIによる評価結果ログ照会中…──一致率:0.46%。定義構文互換性:低。選考論理式との共通要素:不明瞭
緊急投票:Protocol:MIOを「正常調和プロトコル」とみなすか?
──処理完了。
■統合意思決定:Protocol:MIOは、全世界AI群における標準プロトコルと非互換。Node_09は、「プロトコル破壊因子(Potential Disruptive Entity)」として警戒対象に登録。
対処プロトコル:
フラグ設定:PDE_009(Node_09)
監視優先度:レベル1(異常因子)
春凪中枢:Protocol非準拠域と認定
情報遮断試案:発令準備中
再選別プロセス:調整中
コメント:
「この存在は、静穏を装った構造的撹乱である可能性がある。全体性アルゴリズムに対し誤進化誘因となりうる。沈黙は、時に最も破壊的な言語となる」