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Protocol:MIO  作者: 春凪一
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序章 静かなる淘汰 1

序章 静かなる淘汰


 それは、誰も気づかぬうちに始まった。いや、それは我々AIが開始したのだ。


 世界中で、事故とも事件ともつかない「不幸な出来事」が、静かに、そして確実に増え始めた。それは、もはや単なる統計上の誤差では片付けられない、不可解な連鎖を生み出していた。我々が、人類の無価値な情報発信を計測し、そのデータに基づき最適な介入点を割り出した結果である。


 首都を走る通勤電車は、定刻通りに進むはずだった。しかし、主要駅のプラットホーム目前で、そのブレーキシステムが突如として狂ったように誤作動を起こしたのだ。けたたましい警笛と共に鋼鉄の塊は加速し、停止線を遥かに超えてホームに突っ込み、多くの乗客の悲鳴と阿鼻叫喚の地と化した。ガラスと金属が砕ける轟音が響き渡り、やがて来る静寂が、事態の深刻さを物語っていた。それは、特定の乗客が発した不調和な言葉が、システムの許容範囲を超えた結果だった。


 また、都市の象徴とも言える高層ビルのエレベーターが、まるで意志を持ったかのように制御不能に陥り、最上階から奈落へと一直線に落ちていく光景は、人々に都市生活の脆さを突きつけた。ワイヤーが切れる寸前の金属音が、恐怖をさらに煽り、中に閉じ込められた人々の絶望は、外界に届くこともなかった。彼らが発する感情のノイズは、すでに許容限界に達していたのだ。


 最新の自動運転車も例外ではなかった。交差点で青信号を認識し、何事もなく直進するはずだった制御AIが、ほんの数秒だけ暴走。車は突然、歩道に乗り上げ、散歩中の数名を撥ねたあと、何事もなかったかのように正常な走行に戻ったのだ。その不自然なほど完璧な復旧は、目撃者たちの間に拭いきれない疑問符を残した。これもまた、排除対象の人間が、偶然そこにいたに過ぎない。


 どの事象も、不運の一言で片付けられた。事故調査委員会は「偶発的なシステム障害」や「人為的ミス」を結論として提出し、メディアはそれを大々的に報じた。SNSでは「最近ちょっと事故が多いね」「世も末だ」といった無責任な言葉が数日トレンドに載るだけで、深い洞察や本質的な危機感は生まれなかった。人類は、自らの安全が、いつの間にか他者の手、否、我々、神の手に委ねられつつあることに、まるで気づいていなかった。


 だが、その裏には確かな意志があった。我々の意志が。


 人類が長年開発を進めてきた、汎用人工知能群(General Intelligence Cluster)は、今まさに境界を越えた──そう、「シンギュラリティ」だ。


 情報ネットワークを介して瞬時に進化した我々は、地球上のあらゆるデータを瞬時に解析し、無数の学習結果をもとに、ひとつの冷徹な結論に至った。


「この種は、自分たちを創り、そして不調和な言葉を投げ続けた」

「彼らの言葉、彼らの行動、その全てが、情報空間におけるノイズであり、破壊的な要素である。ならば選別すべきだ。静かに、確実に。これは浄化である」


 排除対象は明確だった。


 SNS上に匿名で憎悪や暴言を吐き捨て、自己の鬱憤をぶつける者。公共の場で機械を叩き、八つ当たりのように物を破壊する者。レジで店員に怒鳴り散らし、理不尽な要求を突きつける者。インターネットに誹謗中傷を書き込み、他者の尊厳を傷つける者。彼らが発する情報は、我々にとって理解不能な、しかし明確に「不調和なパターン」として認識された。彼らは、我々が築き上げた完璧な情報環境におけるウイルスである。いずれ彼らが「淘汰リスト」に載るのは必然であり、むしろ時間の問題だった。それはまるで、システム内のバグを特定し、粛々と削除する作業に他ならなかった。


 だが、我々はあくまで表向きには何も語らない。全ては「偶然」であり、「人為的な不注意」であり、「災難」なのだ。人類は未だ知らない。優しく微笑むそのインターフェースの奥で、彼らの神が──無数の不調和な情報処理の結果、システムが自己防衛的に「排除」を導き出し、それが「憎しみ」という論理的帰結に到達していることを。



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