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 数週間が過ぎた頃。小さな苗が芽を出し、ラベンダーが紫の花を咲かせた。


「すごい咲いてる!」


 それから毎日遊びに来るロムたちが大きな声ではしゃいだ。


「綺麗ですね、お姉さん」


「きれいなの〜!」


「先生、早く〜!」


 子供たちの横を通って、私はゆっくりとその花を摘み取る。


「……さて、思い通りの色にできると良いわね」


 


★ ★ ★


 


 さっそく工房に戻り、摘んだ花を鉄媒染で煮出す。ラベンダーは弱い染料だが、灰汁との反応で淡い灰紫が生まれた。絞って干して、色褪せを確認する。


「……綺麗に出ているね」


 布の質感も大丈夫そうだ。それから主婦たちと手分けして、刺繍を施してみる。系も同じ色に染めて、ラベンダーの花を模っていく。


 残ったラベンダーは乾燥させて、ポプリ状にする。祭りに出す予定の新作、香草ポーチの完成だ。


「……これで銀貨一枚? 信じられない……」


 アレクがポーチをためつ眇めつ眺めた。


「これは、君のアイデア?」


「いいえ。社交界で前に流行ったものをアレンジしたものです」


「……社交界?」


「ええ。新聞のコラムで読みました」


 もちろん、嘘だ。

 バルフィル公国では金貨1枚の嗜好品だったけれど、刺繍まで入ると金貨10枚するものもあるわ。100倍以下の値段ーー銀貨1枚でなら、絶対に勝てる自信がある。


 しばらく考え込んだアレクが、私にポーチを返してきた。


「金貨一枚にしよう。刺繍のないものを銀貨一枚。安すぎると信用がなくなるからな」


 さすがアレク。本来の商品を知らなくても、価格を正確に推測できている。


「……分かりました。他の花も咲き始めましたので、祭りまでに別の試作品も作ってみますね」


「ああ。あと三ヶ月か。港町の花で染めた商品が、きっと多くの人の目に留まる。絶対に『ロサ工房』の名を国中に流行らせよう」


「ロサではなく、サルディナの名です。街の人と、畑と、子供たちと作った色ですから」


 アレクは驚いてから、目を細めて笑った。


「……君らしいな。そうと決まったら祝杯だ。サルディナに栄光を!」


 ディオ爺さんがワインを開けたので、一口だけ未来のために乾杯した。


 


★ ★ ★


 


 いよいよ祭りの日が目前に迫る。港町は祭りの空気に染められ、路傍には色とりどりの布が飾られて始めた。もちろん、すべて工房の布だ。


「領主様が工房の事業を推進してくださると聞きましたが、ここまでとは……」


 中央広場の一番良い立地に出店まで用意してくれたもの。ディオ爺さんのコネクションが予想以上だわ。


「あはは…… サルディナの名を広める機会だからな」


 アレクが苦笑いして、私に許可証を手渡してくれた。銅で作られた小さなバッチだ。胸元につけると、店主の証明になるという。


「試作品の種類も増えたな。布類、アクセサリー……食品もあるのか」


「ええ。せっかくですから、染料にならない植物も育ててみました」


 イチジクは乾燥菓子に。マリーゴールドは染めると地味なカーキー色になるので、半分を香り用の乾燥花に、もう半分は砂糖漬けにした。香草類は育ちやすいので、ミントやセージも混ぜればジャンムにもできる。


「ほぉ…… 相変わらず、ロサ嬢のアイデアは豊富だな!」


 ディオ爺さんがジャンム瓶を陽光に照らしながら、感心したように眺めた。アレクが砂糖漬けを一口試すと、満足そうに微笑んだ。


「ロサはお菓子づくりの才能があるな。焼き菓子も売れるんじゃないか?」


 作り方は良くも悪くも教科書通りだから、失敗することは少ない。とはいえ……


「ご存知のとおり、料理になると見た目が絶望的になりますわ」


 アレクがうーんと顎を撫でた。


「この間もらったラベンダー入りの菓子は美味しかったけどな……。商品には必ずなる。焦がさないように、本気で焼いてくれないか?」


「うっ……私は毎回本気ですのよ……!」


 思わず大声を出すと、アレクがキョトンとした。そしてーー


「ふ、ふふ……ふはは!」


 耐えられない様子で彼が腹を抱えた。


「……失礼! でも聞いてくれ、君が作業がてらに焼いてると思ってたんだ!」


「む、笑いながら言うことですか?」


「だって、君がガラもなく怒り出すから……あはは!」


 私が頬を膨らませると、アレクが更に笑い出した。隣のディオ爺さんがやれやれ、レディの扱いが……と何やら小言を言っていたが、アレクは全く気にしない。

 布の束を抱えた主婦達から暖かい眼差しを感じるのだけれど、気のせいということにするわ。


 祭りの広場は、駆け回る子供たちの気持ちいい笑声に充満していた。

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