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一話完結型短編まとめ

最初で最後のバレンタイン

作者: 駒野沙月

 学校帰りにふと立ち寄った近所のショッピングモールは、季節柄か珍しく賑わっていた。見覚えのある制服姿の女子中学生に女子高生、母親らしき女性に連れられて来たのであろう、小さな女の子たち。そんな彼女たちの視線の先にあるのは、リボンのかかった箱や袋に詰められたチョコレート、チョコペンやカラースプレー、お洒落な柄の袋にリボンといった品々だ。

「バレンタインフェア」。赤やピンクのハートで装飾された派手なポップは、私たちの頭上で確かな存在感を放っていた。


(……なんで私、ここにいるんだろ)


 何度目かも分からないため息。周囲のきらきらした女の子たちの姿を横目に、私は手に取ったチョコレートをまた棚へと戻した。

 2月13日。国立大学の入試まで、もう2週間を切っている。現役受験生としてはこの上なく大事な時期といってもいいこの日に、私はこんなところで何をしているのだろうか。


 この自問自答も、もう何度目だろう。私がここにいる理由、それは当然チョコを買うためだ。

 手作りというのも少しだけ考えたけれど、自分で作るとなると手間も時間もかかるし、親の目もある。そもそも私は受験生だし、そんな時間はない。

 だから市販品にしようと決めたは良いものの、それはそれで難しかった。まず、大きいもの、高価なものはいけない。こんな時期に相手の負担になるわけにはいかないし、学生の身では当然そんな余裕はない。かといって、あんまり小さすぎるのも駄目だ。ただの義理チョコには、したくないから。


 そんなわけで、私はチョコの並ぶ棚の前でずっと唸っているのである。多分もう、30分くらいはこうしているんじゃないだろうか。

 気が付けば、少し前に周りをちょろちょろしていた女の子はいつの間にか姿を消していたし、同じタイミングで店に来た女子中学生の集団は皆既に会計を済ませていた。本当に、自分の優柔不断な性格が恨めしい。


 彼は、一体どんなチョコなら喜んでくれるのだろう。甘いものが好きなあの人のことだから、きっと何でも喜んでくれるのだろうけど……だからこそ困る。


 彼にチョコを贈ろう、そう思い立ったのは昨日の夜だった。

 彼は、1年生の頃からのクラスメイトで、私の唯一の男友達。高校の入学式で出会うまではお互いの存在すら知らなかったくらいの人だったけれど、一度話しかけられてからはすぐに仲良くなった。

 頭の回転が速くて、センスが良くてお喋り上手。特別目立つタイプではなかったけれど、不思議と皆に好かれる人。そんな彼に、私もいつの間にか惹かれていた。


 告白しようとは思わなかった、と言い切ってしまうと嘘になるけれど、結局卒業を目前に控えた今に至るまで、私たちの関係は未だただの友人でしかない。実際、昨年のバレンタインにもチョコを贈ったけれど、その時も義理チョコという体で渡している。

 振られるのが怖い。そういう気持ちがあるのも否定しないけれど、そもそも、好きな人である以前に、彼は私の大切な友達なのだ。告白なんて軽率な真似をして、失ってしまったらどうすればいい? そうなったら、きっと私は耐えられない。

 だからこのまま、友達のままで居られれば十分。この3年間、本気でそう思っていた。


 でも、そんなぬるま湯のような時間ももうすぐ終わる。私は都会の大学を受けているけれど、彼は地元に残ると言っていたから、少なくとも高校を卒業すればお別れだ。この先も会う方法がないわけではないけれど、卒業したら今のように毎日顔を合わせるなんてことはまず不可能だろう。

 受験シーズンだからと今年は贈らないつもりでいたけれど、彼にチョコを贈るチャンスはこれが最後になるかもしれない。突然そんな事実に思い当たった途端、いてもたってもいられなくなった。

 最後の最後だからって告白したいわけじゃない。でも、何もしないままお別れは嫌。私のことだ、ここでやらなかったらきっと一生後悔するのだろうし、やらずに後悔するくらいなら、やって後悔する方がずっといい。



 この3年間の感謝と、確かに存在していた友情と。そして、それ以上に膨れ上がったこの恋心を、最後にあの人に伝えられたなら。

 それだけで、私は幸せだ。

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