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【本編完結】転職先には人間がいませんでした  作者: 沢渡奈々子
第4章 鬼との対決

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第27話:敵討ち

 湊がニヤリと笑う。と同時に。


『待たせたね! 湊!』


 パッと目を開くと、後ろから濃い灰色の毛並みの狼が土煙を上げて疾走してきた。口には大きな塗料用のバケツをくわえている。その後ろを、同じようにバケツをくわえた黄金の狐が――九本の尾を風にたなびかせ、優雅に駆けてくる。


「海! 所長!」


 湊がホッとしたように彼らの名を叫ぶ。同時に、灰色の狼が人型に戻る。送り犬の海が、男たちを蹴散らし、湊にバケツを差し出した。


「お前からの依頼品、ありったけ調達してきた。……存分に使うといいよ」


 珠緒の後ろには烏天狗姿の本多もいる。両手にバケツを持ったまま飛んできたようだ。


『湊くん、智恵ちゃん、智真くん、遅くなってごめんなさいね』


 妖狐の姿のまま、珠緒が言った。これほど心強い助っ人がいるだろうか。

 智恵の心は安堵で満たされる。とはいえ、まだ事態が好転したわけではない。


「九尾狐、邪魔をするな」


『蘇芳……よくも私の部屋に盗聴器をしかけてくれたわね? 私を侮辱した上に、大事な子たちの命を危険に晒して、ただで済むと思うんじゃないわよ!』


 珠緒の九本の尾は、怒りでゆらゆらと揺れている。


「もう遅い。足濱童子の封印はもう破れる。お前たちを殺して、そうだな……日本の異類のトップは私がいただくとするよ、前苑珠緒」


 くつくつと笑う蘇芳に、逆に湊が笑いを堪えきれずに噴き出す。


「はははっ……蘇芳、お前まだ気づいていないのか?」

「なんだ、この期に及んで笑うなんて、気でも触れたか?」


 湊が笑った理由に思い至らない蘇芳は、眉をひそめた。


「形勢は逆転してるんだよ。……少なくとも、お前とここにいる吸血鬼たちはもう終わりだ。……海」

「えぇ……俺ぇ? ベタベタしそうで嫌なんだけどなぁ」


 湊が目配せをすると、海が眉根を寄せて文句を言う。


「俺のコレクションから一番高いワイン、やるから」

「分かったよ……。じゃあ、ちょっと動かないでね、蘇芳サン」


 言うが早いか、海が瞬発力を存分に生かしたジャンプで蘇芳の後ろに回り、羽交い締めにした。


「何をする! 下等動物が!」


 蘇芳が嫌悪感を隠すことなく、海を罵倒する。吸血鬼は、狼や狐などの動物を使役することができる生き物だ。だから彼らにとっては従属動物でしかない人狼や妖狐に牙を剥かれるのは、それはそれは屈辱的だろう。


「お前の敗因はな、呼び出した時間帯が晴天の昼間だったことだ」


 湊はバケツを一つ持ち上げ、蓋を開けた。中にはローション状の液体が入っている。


「ま、まさか……!」


 一瞬にして、蘇芳の顔色が悪くなる。バタバタと身体を動かして抵抗するが、昼日中では吸血鬼といえど海の力には敵わないようだ。がっちりと捕らえられ、逃れられない。


「お前たちの遮光剤、誰にも気づかれないよう無香料らしいな? でも俺たちにしてみれば、ちっとも無香料じゃない。ライムの匂いがきついんだよ。……だから、ちょっとばかり落とさせてもらうな」

「や、やめろ! やめてくれ!」

「……俺の父親を無残に殺したやつが何、命乞いをしてるんだよ? ふざけるな!」


 怒りを孕んだ声が、周囲の木々を震わせた。


「そ、それをかけてみろ! 蘇芳一族どころか、吸血鬼族が黙っていないからな!」


 蘇芳の足掻きを受けた湊は、憤り交じりの笑みを見せる。


「その吸血鬼の一族の長がな、『吸血鬼族の名誉を汚した蘇芳雅彦は一族から除名し、処分対象とする』だと。しかも今この瞬間も、おまえの発言はお仲間に筒抜けだからな」


 湊は胸ポケットに入っているスマートフォンを叩いた。彼は吸血鬼族の上層部が集まった場でここでの会話を流すよう、予め依頼していた。間違っても冤罪で処分したと言いがかりをつけられないよう、本人が進んで自白するのを聞かせたかったのだ。もちろん、録音も忘れていない。

 異類――特に吸血鬼族は、一族の絆が強い分、裏切り者に対する制裁は苛烈だ。人間の法律とは別の『掟』がある。

 湊は父が集めた拉致事件の証拠を、蘇芳に知られないよう、吸血鬼族の長に突きつけた。蘇芳の犯行を把握していなかった長は激怒し、女性連続拉致事件に関与した吸血鬼たちを全員処分すると決定した。

 但し、人狼族の長だった陣川光治を殺した蘇芳に対しては、敵討ちという形で湊に処分を委ねる形となった。

 人狼族との軋轢をこれ以上悪化させたくない、吸血鬼族の償いでもある。


「……蘇芳雅彦、お前は人の命を軽く扱いすぎた。その報いは受けろ」


 湊は一瞬目を細め、小首を傾ける。そして数瞬の後、バケツの中身を蘇芳に向かって思い切りぶちまけた。


「やめろ――――! それをかけるんじゃない……っ!!」


 バシャン、と音がして、蘇芳の全身を半透明の液体が包み込んでいく。それはゆっくりと、遮光剤を剥がしながら蘇芳の皮膚の上を流れて、ボタボタと地面に滴り落ちていった。


「俺の父さんと……これまで血を抜かれて殺された人たちの仇だ! 消え失せろ!」


 液体が落ちていくのと同時に、日の光を浴びた蘇芳の身体から、じりじりと煙が上がっていく。


「やめてくれ……熱い……っ、熱いぃいいいいい!」


 男の頭の先が、蒸発するように消えていく。

 断末魔の叫びが醜く轟くが、それもいつしか小さくなっていった。

 頭、上半身、下半身が順番に蒸発する。じゅうじゅうと、焦げたような音を立てて。

 最後に足が消えると、そこにはもう液体しか残されていなかった。


「湊さん、そのローションみたいなやつって……」


 湊がバケツの中身をぶちまけてから、智恵はずっと目を細めながらも、蘇芳が消えていく様を見ていた。見ていないといけないと思ったから。

 カウンセリングで何度も顔を合わせたけれど、あの男にしてみれば、食料としての智恵を品定めをしていたのだ。それを思うと、背筋がゾッとするが、もう終わったのだ。


「吸血鬼の遮光剤サンブロック用の剥離液だ。強力な日焼け止めを落とすために開発されたもので、海に調達してもらった。……海、悪かったな」


 湊は脅迫状を読んだ後、すぐに海に連絡を取ったそうだ。剥離液を智世神社まで持ってきてほしいと伝えたのだが、その時点ではまだ入手できてはいなかった。

 しかし海は珠緒も巻き込み、なんとか剥離液を大量に調達、最短ルートでここまで辿り着いたという。

 その当の本人は、蘇芳が蒸発した場所に突っ立っていた。全身が液体まみれだ。


「……ワイン、二本もらうからね?」


 ベタベタの身体をブルブルと振りながら、海が吐き出した。

 他の吸血鬼も、烏天狗たちに同様に剥離液をかけられ、すでに消滅していた。


「所長、本多さんたちもありがとうございました」


 湊が皆に向かって頭を下げた。


『お父さんの仇が討ててよかったわね、湊くん』

「……はい」


 湊がうっすらと涙ぐんでいるように見えるのは、智恵の気のせいじゃないだろう。本懐を遂げることができて、ホッとしたのかもしれない。

 彼は手の平に載せた犬歯を見つめ、それからそれを胸ポケットにしまった。この後、母親に返すつもりなのだろう。

 その時――


「――皆さん、吸血鬼の件が解決したばかりで申し訳ない。……こちらがもうやばいんで、逃げたい人は逃げてください」

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