第26話:封鬼士と相士が出逢った!
「もう一度確認する。……蘇芳、お前が、俺の父を殺した黒幕なんだな?」
湊が念を押すように、蘇芳に尋ねた。
「あぁ、そうだ。死ぬ前に真実を教えてやろう。下等な人狼のくせに、高貴なる我ら吸血鬼を糾弾しようなどと考えるから、あんな目に遭うのだよ。鬼の手下が調達した銀の十字架から作られた弾丸で、無様に殺されたんだよ、君の父君は。いやぁ……実に滑稽だったなぁ」
蘇芳が恍惚に頬を染めながら言い放ち、胸ポケットから取り出した何かを、地面に放り投げた。
「……っ!」
湊の目が、驚愕に彩られるのが見える。それを拾い上げ、彼は己の目の前にそれを掲げた。
「湊さん、それ……」
「俺の父の牙だ……間違いない」
何故それが分かるのかと問えば、湊は手の平に載せてそれを見せてくれた。
死後残される牙を番に大切に持っていてもらうため、人狼の中には生前から犬歯に番の名前を彫る者がいるそうだ。
湊の手にある牙には、女性の名前が――彼の母親のものだった。
それほど大切な犬歯を、事もあろうに蘇芳たちは持ち去っただけではなく、湊の前で地面に放ったのだ。
智恵の胸に、抑えがたい怒りが込み上げる。
「なんて人なの……」
智恵が震える声で呟くと、蘇芳がくっと笑う。
「訂正してやろう。私は『人』ではない。人間なんかと一緒にしてほしくはないね。私にとって人はただの『食料』でしかない。……もちろん、君もね。この人狼もどきを殺してから、ゆっくりと血をいただくから待っていなさい」
吸血鬼のミスで案内所に入所した智恵が、奇しくもそこで、異類に対するすべての適正があると判明した。そこに蘇芳が目をつけないわけがなく。
「――せっかく特別に美味しそうな子を見つけたのに、鬼どもは殺すなんて言うのだからね。なんてもったいないことをするのだと思ったよ。だから取引をしたんだ。成宮智恵はこちらに渡せと。異類との親和性が格別に高く、しかも君は……処女だろう? この先、絶対に出ない、良質な血液なんだから」
適正がある人間の血は、普通の人間よりもかなり美味だという。ましてや『すべての異類に適正があり』、『女性』で、『処女』であれば、その血は極上のご馳走で、Sランクの血液なのだと蘇芳が主張した。
「なっ……!!」
いきなりデリケートにもほどがある秘密を暴露され、智恵の顔は今までにないほど熱くなった。
(ちょっと! お兄ちゃんとか! 湊さんとか! こんなに大勢がいる前でバラすとかどういうつもりなのよ! 絶対、許さない!!)
智恵は両手で頭を抱えたまま、心で叫び、地団駄を踏んだ。
「それなのに、何故か勘違いして、君を轢き殺そうと道路に突き飛ばした吸血鬼がいた。そいつは私が殺しておいたから、安心するといい。君を殺すのは、すべての血をいただいてからだからね。……本当に、君の血は芳しくてたまらないんだ。匂いを嗅いだだけでも、クラクラしたほどだ。実際に飲んだら……どれだけ美味しいのだろうね」
蘇芳がうっとりとしている。自分の言葉に酔っているようだ。
「匂い……?」
この男に血の匂いを嗅がれた機会などあっただろうかと、智恵は眉をひそめた。そんな覚えはないのだが。
少しの間の後、湊が不愉快そうにひゅっと息を呑んだ。
「……ひょっとして。おまえ、智恵の血がついたものを手に入れたな?」
「え……」
「ほら、新兵衛さんが法力を使ったのを見た日、智恵、紙で指を切ったろ? あの時血を拭いたティッシュを、俺は普通にゴミ箱に捨てた、はずだけど……」
「そういえば……」
湊がゴミを処分してくれたのを、智恵も覚えている。
(まさか……)
「あれは実にもったいなかった。私の手元に届いた時にはもう、すっかり乾いてしまっていたからね」
「き……っ」
(気持ち悪っ)
思わず面と向かって叫んでしまうのを、かろうじて堪えた。
蘇芳の思考はもはや智恵には理解できない。湊を下等と言ったり、人を食料としてしか見てなかったり、いきなり人の性体験事情を暴露したり、血のついたゴミを手に入れたり、とにかく価値観が違いすぎる。
「そ、そんなことより、新兵衛さんを離してください! 彼は関係ないじゃないですか!」
「それは無理な相談だ。私にとってこの男はどうでもいいが、鬼たちにとっては脅威らしいからな」
「どうしてそれを……」
新兵衛が『相士』であるということは、昨日明らかになったばかりなのに、何故すぐに彼を拉致することができたのだろうか。
それがずっと疑問だったのだが――
「お前たち……所長室と総合案内課を盗聴していたな?」
湊がズバリ聞いた。
どうやら、蘇芳はカウンセリングの後に受付に盗聴器を仕掛け、さらには珠緒に挨拶をするという体で、所長室へ行き、同じものを仕掛けたらしい。
異類の妖気に影響されない、蘇芳グループ製の代物なので、珠緒にも気づかれなかったというわけだ。
そして常に手下に盗聴をさせ、必要な情報を盗み聞きしていた。だからこそ、湊が父の調査した証拠を見つけたことも知っていたし、あれほど速やかに新兵衛を拉致できたのだった。
「お兄ちゃん、あの人が新兵衛さんだから!」
新兵衛の口元は青く腫れていた。おそらく拉致される時に暴れて殴られたのだろう。いい男が台無しだ。
智真は大きく身体を震わせた。いつもの緩い雰囲気など微塵もない鋭い視線は、新兵衛を捉えているのだろう。
「……あぁ、一目見て分かったよ。……おい、新兵衛! お前が俺の『相士』だ! 式神を起こせるんだってなぁ? もうすぐ存分にお前の法力を発揮してもらうから、待ってろ!」
智真が大声で呼びかけると、新兵衛はこちらを見て目を剥いた。
「っ、お、おい、お前……。お前が俺をここに? うわっ、頭の中に文字が……っ」
智恵と智真が揃って新兵衛を認識したことで、どうやら彼の頭の中に自分の『使命』が流れ込んできたらしい。新兵衛は目をぱちくりと瞬かせてた後「そういうことだったのかよ、おい……」と、呟いた。
同時に、智真の方にも『使命』が流れ込んできたようだ。自分が何をすべきかちゃんと分かっている表情で、新兵衛から目線を逸らさずにいる。
「――話が盛り上がっているところ申し訳ないが、君たちが力を発揮することは、残念ながらもうないから諦めたまえ。……さて、無駄話はここまでにして。私は人狼が無様に死ぬところを見物するために、こんなド田舎までやってきたんだ。せいぜい苦しんで死ぬところを見せてくれたまえ」
「……っ」
気がつけば、智恵たちは吸血鬼と足濱童子の手下に囲まれていた。吸血鬼と、鬼の使役している人間たちだ。
鬼の手下は拳銃を握っている。おそらく弾倉には銀の銃弾が込められているのだろう。
「まずは、成宮家のご兄妹、護符の類いをすべて外すんだ。言うことを聞かなければ、どうなるか……分かるね?」
蘇芳は視線をふい、と動かす。その先には新兵衛がいる。彼の首元にはナイフが当てられていた。切っ先が皮膚に食い込み、すでに血が流れ出している。
「……お兄ちゃん」
智恵はため息をついて、首から守護石と護符を外して地面に落とした。智真もまた、舌打ちをした後に同じように護符を外して投げ捨てる。
鬼の手下たちがそれを叩き壊すのを見て、智恵たちは歯を食いしばった。
「さて、鬼の諸君は、あの男を好きにするといい。娘には手を出すなよ。血の一滴も無駄にはしたくないんでね。人狼もどきはそこを動くな」
智真には鬼の手下たちが、そして智恵には吸血鬼たちが、じりじりと近づいてくる。新兵衛が人質に取られているので、湊も動けずにいる。
「湊さん……」
智恵は不安げに湊を見る。しかし彼の瞳には絶望の色は見受けられない。この窮状において、なお諦めていないのだ。
「大丈夫だ、智恵。もう少しだ。匂いが……近くなってきてる」
励ますように伝えられる言葉は、智恵の心に温かく染み入ってくる。
智真は智恵を背に隠し、さらに智恵の後ろには湊が立つ。
「智恵、俺の後ろから離れるなよ」
「お兄ちゃん……」
石碑から漏れ出る不穏な空気と、悪鬼や吸血鬼たちから放たれる悪意で、息が詰まりそうだ。心臓がバクバクと速い鼓動を刻む。
智恵はぎゅっと目を閉じた。その時――
「……来たぞ」




