第24話:尻尾を掴んだ!(湊視点)
「――湊、おじさんがさ、吸血鬼の下っ端と会っていたって話を小耳に挟んだんだけどさ」
ある日、海が湊の部屋に飛び込んできた。
「吸血鬼の?」
「この間、吸血鬼族の仕事を請け負ったんだけど、納品に行ったら、俺のことを人狼だと勘違いしたヤツがいてさ。そいつが、おじさんがあまり人の来ない喫茶店で、下っ端吸血鬼と会っているのを見たって、俺に言ってきた。人狼のトップがさ、下層吸血鬼に会いに行くって変じゃないかなぁ」
吸血鬼と人狼は、永遠のライバルとも言える間柄だ。ビジネス上のつきあいはあっても、個人的に関係することはあまりない。
同じカースト同士なら友人になることもあるが、吸血鬼のトップが一介の人狼に会ったり、逆に人狼のアルファがヒラの吸血鬼に会ったりなどは、ほぼないはずだ。
それなのに、湊の父がわざわざ普通の吸血鬼に会いに行くとは。
「何かありそうだな……」
「吸血鬼について、調べてみた方がいいかもね。俺も調達屋ルートで調べてみるよ」
「うん、頼む」
吸血鬼と父の間に、一体何があったというのだろうか。考えてみても、関係性が思い浮かばない。
大きくため息をつくと、海が「そういえば」と、口を開いた。
「吸血鬼ってさ、独特の匂いするよね。あれってなんだと思う? この間納品に行った時もしたし、案内所でも吸血鬼が来た時はすぐに分かるんだよね、あの匂いで」
「……匂い? なんだそれ」
「なんていうか、こう、人工的なライムの匂いがするんだよね」
海の言葉を聞いた瞬間、湊の身体を電流が疾駆した気がした。
「! 海、今、ライムの匂いって言ったな?」
「言ったけど……何かあるの?」
「父さんが殺された現場に残されていた薬莢から、独特の匂いがした……そうだ、あれはライムの匂いだ!」
「え、それすごい進展じゃないの? ということは、やっぱりおじさんの死には吸血鬼が絡んでるんだよ。……あれ、でも吸血鬼も、銀の弾丸苦手じゃなかったっけ?」
「薬莢は銀じゃなかったから、それに触るのには問題なかったんだろう。ともかく、ライムの匂いイコール吸血鬼だ」
「なんの匂いなんだろう……」
二人で考え込む。少しして、湊はハッと気づいたように顔を上げた。
「――そうだ、きっと遮光剤だ。吸血鬼は専用の日焼け止めを塗ってるだろう? その匂いじゃないのか?」
「なるほど……じゃあ、俺はそのサンブロックを調達してみるよ」
「うん。サンブロックがあるなら、それを落とす剥離剤のようなものもあるはずだ。そっちも頼む」
「分かった。吸血鬼専用品は入手が手間だけど、なんとかするよ」
「費用なら俺が払う。いくらかかってもいいから入手してくれ」
「了解」
ようやく、犯人の尻尾を掴んだ――湊は武者震いが止まらなかった。
海が例のものを調達できたのは、あれから一ヶ月経ったある日のことだ。
案内所の中で受け渡しをして確認すれば、やはり吸血鬼用のサンブロックからはライムの匂いがした。
(やっぱり、吸血鬼が噛んでるな)
父の死に吸血鬼が絡んでいるのは間違いない。それなのに、動機も証拠も掴めていないので、何もできない。歯がゆくてたまらない。
光治が吸血鬼について何かを調べていたのなら、証拠が必ずどこかに隠されているはずだ。それが吸血鬼の手に渡ってしまったとしても、父ならきっと、相手にバレない場所に複製を保険として残しているに違いないのだ。
それをなんとしても探したいのに、未だに見つけられていない。
海と二人で考えるが、散々話し合ってきたので、今さら新しい意見は出ないだろう。
それを海も分かっていたのか、ふいに智恵に水を向けた。智恵なら見つかりたくないものをどこに隠すか、と。
下着の中だの、兄はアレな雑誌を智恵の部屋に隠しただのと面白いことを言っていたが、最後に口にした言葉に、湊は引っかかった。
「でも兄は『一番信頼できる家族だから、お前に預けるんだぞ』って、偉そうに言ってました――」
『家族と信頼できる友人は何よりの宝物だから、大切にしなさい』――口癖のようにこう言っていた父なら、智恵の兄と同じようなことを考えたかもしれない。
湊は珠緒に早退を告げ、海と智恵にお礼を告げると、案内所を飛び出した。
急いで自宅に戻り、部屋の中を見渡す。
湊は一人暮らしだ。だから最初は調査の対象から完全に外していた。離れて暮らしている息子の部屋に隠すなんて、普通は思わないからだ。
でも父なら、湊の部屋に気づかれずに侵入するなんて朝飯前だ。
姉は九州に住んでいるし、女性だし既婚者だ。母と同様、危険に巻き込むわけにはいかない。
その点湊なら、独身で男で、同じ仕事をしていて、父とほぼ遜色ない力を持っている。
ある意味、一番信頼できる家族。
(父さんが証拠を隠すなら……まず、マイクロSDカードだ)
父は若者以上にIT機器を使いこなしていた。クラウドにも保存しているだろうが、念のため、メディアにもデータを入れているはずだ。
マイクロSDカードなら、ある程度のデータが入り、且つ小さいので、ほんのわずかな隙間にすら差し込んで隠すことができる。
(SDカードを隠せて、取り出しやすく、敵には分かりづらい場所……)
――そして、自分の身に何かがあった時に、湊に託せる場所。
湊は本棚の前に立ち、手を伸ばした。背表紙に指を掛け、その本をそっと取り出す。
読み込みすぎてあちこち痛んでいるそれは、幼い頃、何度も読んでもらった絵本だ。
湊は表紙を一撫でして。ゆっくりとめくった。そして一ページずつ確認する。そしてあるページで捲る指を止めた。
「……あった」
そこは、昔の湊が一番大好きだったページだ。父に何度もこのページを読んでほしいとねだったシーン。父は息子にせがまれるまま、嫌がりもせず読んでくれたのだ。内容も、一言一句覚えている。
そのページの真ん中に、小さな封筒がマスキングテープで貼りつけられていた。
湊はそれを慎重に剥がし、中身を確認する。予想していた通り、マイクロSDカードが入っていた。
手にしたそれをしばらく眺めた後、ノートPCを立ち上げ、変換アダプタにセットしたSDカードを、スロットに挿入した。
中に保管されていた書類を開くと、そこに記載されていたのは、おぞましい内容だった。
あの連続女性失踪事件が、吸血鬼による拉致だったというものだ。
現代社会において、吸血鬼が人間から直接吸血したり、血液目当てに人間を襲ったりしすることは基本的に禁止されている。
だから今の吸血鬼の大半は、人工血液を摂取していた。公的ルートで販売されている本物の血液はかなりの高額で、庶民には手が届かない。
しかし中には、本物の血液でないと満足できない吸血鬼もいて。そういった輩が、闇ルートで本物の血液を入手しているのだ。闇ルートに流される血液=人間を襲って搾取した血液というわけだ。
光治は、連続女性失踪事件が血液目当ての吸血鬼による犯行であることを突き止めたのだ。
SDカードには、闇ルートの詳細な流れや、黒幕と実行犯の関係、そして購入者一覧まで収められていた。
また、それとは別に父の調査日記のようなテキストファイルがあり、そこには自分の取った行動が逐一メモ書きされていた。
それによれば、光治が会っていた吸血鬼は、失踪事件の犯人や内容を知っていた者で、内部告発をするつもりで父と会っていたそうだ。
そしてその黒幕の名前を見て、湊は驚いた。
「――蘇芳雅彦。って、国会議員の蘇芳雅彦か!?」
確か、最近は案内所にも通ってきている吸血鬼だ。湊は会ったことはないけれど。割と頻繁にカウンセリングを受けていると、智恵から聞いたことがあるが……。
「……っ、そうか!」
蘇芳は、わざと湊がいない日を狙って、案内所に通っていたのだ。湊に会うことで、万が一にも父の殺人への関与を疑われたりしないように。
しかしそもそも、蘇芳は何故、頻繁に案内所のカウンセリングに通い始めたのか。彼のような素封家なら、いくらでも専属のカウンセラーを雇えるはず――
「……多分、智恵だな」
智恵は稀有な体質の持ち主だ。ほぼ全ての異類との親和性がある『異情共親者』な上に、鬼退治をした伝説の神職の血筋。おそらくその血は、吸血鬼にとってはとんでもなく美味いに違いない。
智恵が吸血鬼に狙われていた理由も、理解できる。
「っ、智恵を殺されてたまるかよ」
父だけでなく、番までもが吸血鬼の毒牙にかかるなんて――想像しただけで、湊の人狼の血が沸騰する。
これ以上、ヤツらの好きにさせてたまるか。
「――絶対に、仇は取ってやるからな」
湊はボロボロの絵本を見つめながら呟いた。




