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【本編完結】転職先には人間がいませんでした  作者: 沢渡奈々子
第3章 ついに来た!タイムスリッパー!

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第23話:機は熟したんだってさ!

「『時渡り』? それって、つまり……タイムスリップしてきた、ってことですか?」

「そう」

「タイムスリップ……って、え?」


 つい最近、聞いたばかりの単語に、智恵の脳がビリビリと痺れた。訴えるように珠緒を見つめると、彼女は一度だけ頷いた。


「……私もそれに思い至った時は、鳥肌が立ったわ」


 五百年前の封印の時、時渡りの人が相士となった。つまり、つまりは……。


「新兵衛さんが……相士、ということ?」

「おそらく、そういうことになるわね。しかも智真くんが相士の気配を感じたのが数日前……多分、新兵衛が法力を使った日よ。……まさに、機が熟したのね」


 珠緒と智恵の会話を聞いた智真が、目を剥いて立ち上がった。


「ちょっ、待ってくれ。……ひょっとして、タイムスリップしてきたやつがいるのか?」

「そうなの。信じられないだろうけど」


 智恵は兄に新兵衛のことを話した。

 江戸時代からタイムスリップしてきたこと。

 元修験者で、歌川国芳の元弟子だったこと。

 修験者として修行をする中で、法力を身につけ、剪紙成兵術で式神を呼び出せるようになったこと。

 式神を呼び出すには、祈祷墨が必要であること。

 突拍子もない内容ではあるが、すべて真実だと、智恵は訴える。智真はごくりと生唾を呑み込んだ。


「――そんなことが、本当にあるのか……」

「足濱童子が封印を破りかけている、という現実を鑑みれば、どんな超常現象が起きてもおかしくはない、ということよ」


 珠緒がつい、と顎を上げて言った。


「つまり『相士』というのは、鬼封印のために時を超えて遣わされる存在、ということなのか」

「時を超えて耐えられるほどの、胆力と頑丈さを持っていないと、鬼と対決できない、ということなのかもしれないわね」


 その時代の一番の能力を持つ人物と、その人を支えられる力を持つ人物が、足濱童子の復活を前に揃ったということだ。そして、彼らを引き合わせたのが、智恵ということになる。


「……そうか、だから智嗣の残した文献には僧侶の出自が書かれていなかったんだな。僧侶がタイムスリップしてきたことを知らなかったか、その概念自体が彼らになかったんだ」


 合点がいった、と言いたげに、智真が何度も頷いた。


「……」


 智恵は口を噤んだ。口元に手を当てたまま、考え込む。しばらくして、智真が顔を覗き込んできた。


「智恵、どうした?」

「うん……あのね。私がお兄ちゃんが言う『案内人』だとしたら、新兵衛さんをここにタイムスリップさせたのは、私、ということなのよね?」

「そういうことになるな」

「私にそんな力があるなんて、信じられないの」


 人一人に時を超えさせる能力なんて、自分にあるはずがない。智恵は腑に落ちない表情で呟く。

「そんなことないわよ、智恵ちゃん」


 珠緒が異議を挟んで笑う。


「――智恵ちゃんは『異情共親者』で、異類との親和性の高さは格別よ。案内人だったから高いのか、高いから案内人になったのか、それは私にも分からないわ。でもとにかく、智恵ちゃんは案内人としての潜在能力を持ったまま、案内所ここへ導かれて、私という存在に出逢った。私はこれまで何人もの稀人と接してきたでしょう? 稀人との邂逅を経験すればするほど、稀人の波長が私に馴染み、それがますます彼らを引き寄せるようになる。そんな私と接触し続けた智恵ちゃんは、元々の能力も相まって、改めて案内人として目覚め、稀人を喚ぶための道を作った。結果、相士、つまりは新兵衛をここに導いたということよ」

「そうなんでしょうか……」

「それにね、稀人との親和性に関しては、智恵ちゃんは私よりも上よ。この私でさえ、明子ちゃんが心を開いてくれるまでまぁまぁ時間がかかったもの」


 確かに、明子は智恵にはすぐに心を開いてくれた。何もかもが規格外である妖力を持つ珠緒だが、そんな彼女よりも優れた面を智恵が持ち合わせていただなんて、にわかには信じられない。

 しかし、珠緒と智真はすんなりと受け入れているように見える。


「確かに、智恵は法力とは無縁だったが、昔から俺や父さんよりも霊やあやかしに好かれる体質だったな。親和性が高い、というのも頷けるな。『案内人』の気質がそうさせたのか……」

「そっか……私が……」


 稀人は何故やって来るのか、過去から現代にタイムスリップしてきた意味はあるのか、それともただの神様のいたずらなのか――智恵は新兵衛と出会ってから、ことあるごとにそのことを考えていた。

 過去の稀人についてはよく分からないが、彼らもきっと、神の大いなる意思が働いた結果に違いない。

 少なくとも新兵衛は、足濱童子封印のために神様が遣わしたのだ。そしてその媒介になったのが、智恵。

 智恵の中の『案内人』が、智真と相性がいい能力を持つ者を引き寄せたのだろう――それが、新兵衛だった。


「ここへ来て、封鬼士、相士、案内人が集結したということは、機が熟した、ということなんだな」


 智真がぶるりと身体を震わせた。


「とにかくお兄ちゃん、新兵衛さんに会ってみてほしいの」

「分かった」

「新兵衛は今日はネズミの国に行ってるわよ。赤島が連れていってるみたい」


 珠緒がげんなりといった表情で肩をすくめる。

 どうやら他の異類にテーマパークの話を聞き、目をらんらんと輝かせたらしい。新兵衛の健康管理を請け負っている赤島が、保護者としてつき添っているらしい。

 帰宅は遅くなるらしいので、とりあえず明日、新兵衛の部屋に会いに行くことになった。

 この先どうなるかは分からないが、鬼封印の三人が顔を合わせたらどうなるのか……智恵は少しだけ怖かった。

 智真は「いろいろ準備をしておきたいから」と、一旦神社へ帰った。明日朝イチで来るというのだから、兄のフットワークの軽さに感心しきりの智恵だった。




 翌朝、智恵は少し早めに出勤した。すると智真も同時に案内所に到着したので驚いた。


「お兄ちゃん、早いね」

「始発で来た。昨日も眠れなくてな」


 どうやら気持ちが昂ぶって仕方がないようだ。どこか浮き足立っているように見える。

 事務所に入るや否や、そこには珠緒と湊がいた。


「智恵ちゃん大変……新兵衛と連絡が取れないのよ」


 そばでは秘書の本多が、スマートフォンで電話をかけている。

 新兵衛は案内所が用意したスマホを持っている。彼はあたりまえのようにそれを使いこなしているらしい。

 何故かアドレス帳には、女性の名前ばかりが増えていっているそうだが。


「所長、新兵衛のスマホは電源が切られているようです。充電の仕方も教えておいたので、忘れているとは思えないのですが」


 瞬間、ゾクリと背筋が寒くなった。


(……なんだろう、ぞわぞわする)


 見ると、兄も同じ感覚がしたようで、表情が強張っている。


「――なんだか、嫌な予感がするわ」


 珠緒がやはり硬い表情でぽつり呟いた。


「智恵ちゃんたち、新兵衛の部屋に行ってみて。湊くんも一緒に」


 珠緒のひとことで、皆が動いた。本多は部下たちに新兵衛を探すよう電話で指示をし始める。

 智恵は智真と湊と一緒に、徒歩十分の寮へ急いだ。

 職員の寮は少し古くはあったが、便利な場所にある。四階建ての1LDKマンションで、中はリノベーションされており、新築と変わらない見た目だ。

 新兵衛の部屋に着くと、ドアは施錠されていなかった。


「新兵衛さん、いますか!?」


 玄関から声をかけてみても応答がないので、三人で中に入る。浴室やトイレも空だ。リビングダイニングにも寝室にも誰もいない。ただ、リビングには争った形跡が残されていた。

 今の東京をざっくりと知るにはうってつけだと買い与えた、東京のガイドブックがぐちゃぐちゃになって落ちているし、飲みかけの湯飲みがやっぱり落ちて割れている。スマートフォンもバキバキに割られていた。

 他にも部屋にあったものが、不自然なまでに散らかされている。


「何かあったに違いないな、これは……」


 智真が眉をひそめた。


「新兵衛さんは……誰かに拉致されたのかな」

「この状況を見る限り、そうだろうな。あの男が自らこんなことをして行方をくらますとは思えない」


 湊が壊れたスマホを拾い上げ、くん、と匂いを嗅いだ。


(確かに……)


 新兵衛の性格なら、不満があっても力に任せて暴れたりなどしないだろう。素直にこちらに言ってくるはずだ。

 退屈そうにサンダルで歩いてやって来て「お智恵よぉ~、なんか楽しいこたぁねぇもんかねぇ」なんて言いながら、お菓子をむさぼり食うのだ、きっと。

 その時、散乱している湯飲みの欠片の中に、キラリと輝くものが落ちているのが目に入った。


「なんだろう……」


 拾い上げて見てみると、それはバッジのようだ。


「――これ……どこかで見た……」


 『S』の字が象られたエンブレム、これは――


「智恵! 寝室にこんなものがあったぞ」


 智真が一枚の紙を差し出してきた。受け取って見ると、何かが書かれている。湊も横から覗き込んできた。

「! これは……」


 稀人をお預かりしています。

 無事に返してほしければ、成宮兄妹、そして陣川湊は、明日の正午、足濱童子が封じられている石碑まで来られたし。

 陣川湊さんは、見つけたものをすべて持参のこと。


「智恵、ちょっと貸してくれ」


 湊が手紙を手に取り、己の鼻に近づけた。くん、と匂いを嗅いだ途端、目を剥く。


「……っ、これは……!」

「湊さん、ひょっとしてライムの匂いがするんじゃないですか?」

「! よく分かったな」

「その匂いがする人、私は知ってます」


 智恵は手にしていたバッジを湊に差し出した。

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