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【本編完結】転職先には人間がいませんでした  作者: 沢渡奈々子
第3章 ついに来た!タイムスリッパー!

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第20話:新兵衛はやはり天才らしい

「智恵ちゃん智恵ちゃん」


 智恵を呼ぶ小さな声がした。振り返ると、ソファの背もたれの向こう側からひょっこりと小さな顔が現れる。


「なぁに? 遠子とおこちゃん」

「あのね、昨日もらったお赤飯もおいしかったの。ありがとう」


 黒髪のボブヘアに可愛らしいワンピース、ストラップつきのエナメルシューズ――見た目はピアノの発表会を控えた幼稚園児なその子どもは、座敷童だ。これ以上大人になることもない妖怪である彼女は、社会に出るわけにもいかず、案内所に住み着いている。

 時折、大切に保護されている旧家などに赴き、運を分け与えるのが仕事らしい。

 ここで初めて会った時は、遠子のあまりの美少女ぶりに、智恵の頬の肉がとろけ落ちてしまうかと思うほどデレデレしてしまった。

 遠子は案内所のマスコットガールなのだ。

 しかしとても恥ずかしがり屋で、案内所の新参者に姿を見せることはまずない。初対面が叶うのは、早くても一、二ヶ月後だと、周囲の異類たちが言っていた。

 しかし智恵は、入所してすぐに遠子と顔を合わせることができた。ここでも智恵は『異情共親者』の能力を大発揮し、あっという間に座敷童をも手なずけてしまったのだ。

 それにはさすがに珠緒も驚いていた。

 以来、たびたびお昼ご飯を一緒に食べている。

 座敷童の好物は小豆飯と言われているが、遠子の好きな食べ物も赤飯なので、智恵は昨日、自宅で赤飯を炊き、おにぎりにして差し入れたのだ。

 遠子はそれをいたく気に入ってくれて、目の前でお代わりまでしていた。


「気に入ってくれてありがとう。また作ってくるね」


 可愛くお礼を言われたので、にんまりとする智恵だ。


「――俺も赤飯好きだけど?」


 少し拗ねたような声音で登場したのは、湊だ。


「え?」

「どうして俺には、差し入れがなかったんだろうな? 前に言ったよな? 俺は米が好きだって」


 ん? と、湊が片眉を上げて聞いてくる。少し意地悪げに見つめられ、ドキリとする。


「湊さんお赤飯も好き……なんですか?」

「飯の中で一番好きだからな。ごま塩をたっぷり振った、せ・き・は・ん」

「じゃあ今度は、湊さんの分も炊いてきます」


 昨日、湊は実家の方の仕事で不在だった。だから分けることもできなかったのだ。

 今度は、いる時に作ってこようと、智恵は決めた。


「ん、楽しみにしてる。……ところで最近どうだ? 身の回り」

「あ、大丈夫です。おかげさまで」


 最後に湊に自宅まで送ってもらってから数週間も経つが、あの日以来、怪しい輩を見かけることはない。


「そっか、ならよかった」


 湊が智恵の頭にポン、と手を置いた後、その手をヒラヒラと振りながら去っていった。


「……」


 すっかり定番になってしまった、湊の仕草。彼に触れられると、いつもそこが温かくなる。

 何故か、触れられていない頬も熱くなってしまう。おまけに心臓までドキドキと。

 手で扇いで熱を下げていると、珠緒がカウンターに顔を出した。


「――智恵ちゃん、余韻に浸っているところ悪いけど、ちょっと来てもらえる?」

「な、なんですか? 私がなんの余韻に浸っているっていうんですか?」

「いいからいいから。研修室に来てちょうだい」


 一体何事かと、急いで階下の研修室へ向かうと、そこには新兵衛と本多と珠緒がいた。湊も呼ばれたのか、智恵の後から来た。


「どうしたんですか?」

「新兵衛の仕事が、見つかるかもしれないわ」

「え、本当に?」


 それが本当なら、実に喜ばしいことなのだが。


「とにかく見てやって」


 研修室のデスクの上には、書道道具一式がある。筆も半紙もセットされている。

 新兵衛はそこに向かい、筆で半紙に何かを描いていく。


「……犬?」


 珠緒は口元に人差し指を当てた。智恵は慌てて口を閉じる。

 さすが浮世絵師の弟子をしていただけあり、みるみる内に犬が出来上がる。

 数分後、絵は完成し、新兵衛は犬が描かれた半紙をそっと持ち上げる。

 そして――何やらブツブツと呪文を唱えた後、ふぅ、と息を吹きかけた。

 途端、半紙が生きているように動き出し、デスクの上をフワフワと跳ね回った。


「わ……すごい……」


 イリュージョンを見ているようだ。


「これが……新兵衛の力よ」


 珠緒が興奮気味に言った。


「新兵衛さん、すごいですね!」


 智恵も声を弾ませるが、当の新兵衛は雑にため息を吐き出して首を横に振った。


「これじゃあダメだ。ただの墨じゃあ、ここまでだ。本当は、この犬が紙から飛び出さなきゃなんねぇのよ」

「それでもすごいです。今この国で、こんなことできるの新兵衛さんだけじゃないですか?」


 新兵衛が天才だと言われていたのは本当なのだ。智恵は感動してしまった。


「新兵衛は、手品の才能があるんじゃないかと思うのよ。それなりのマジシャンに弟子入りしたら、花形になれるんじゃないかしら」


 珠緒が浮かれている。それほど、新兵衛の扱いに困っていたということだ。彼女も半分ヤケクソのようだ。


「破門されないといいですけどね」


 湊がぼそりと言った。


「ちょっと湊くん! 嫌なことを言うんじゃない!」


 その後も、新兵衛は猫やら鳥やらと、次々に描いては動かし、動かしては描いてみせた。

 半紙をコピー用紙に変えてみたり、和紙にしてみたりと、いろんな形でトライしてみたが、やはり新兵衛が満足するような動きはできないようだ。


「ちょっと、散らかしすぎですって……!」


 気がつけば、研修室のテーブルが紙で埋まっていて、智恵はわたわたしながら、紙を回収し始めた。


「新兵衛さん、あまり紙を無駄遣いしないでくださ……っ、いたっ」


 何枚か回収したところで、コピー用紙で指先を切ってしまった。ピリッと痛みが走ったかと思うと、切れた部分から血が滲み出す。


「どうした? 智恵」

「紙で指切っちゃいました」


 どうしたものかとキョロキョロすると、湊が近くにあったティッシュケースから数枚引き出し、智恵の指を包んでくれた。


「ありがとうございます」

「所長、智恵の指を消毒するんで、連れて行きます」

「分かったわ。智恵ちゃん、ちゃんと消毒するのよ?」

「はーい」


 受付カウンターの棚に、救急箱が置いてある。湊は智恵を座らせると、指を消毒し、絆創膏を貼ってくれた。

 紙で切った程度なので、出血も大したことはないのだが、こうして気遣ってくれるのが嬉しい。


「ありがとうございます、湊さん」

「どういたしまして。すぐに血が止まってよかったな」


 湊はてきぱきとゴミを処分すると、自席に座った。智恵も指の絆創膏を気にしつつ、自分の業務を再開する。


(それにしても……新兵衛さんの能力はすごかったなぁ……)


 その才能を、本当に何かに活かせればいいのに――智恵は新兵衛の法力がハマる職業を考え始めたのだった。

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