表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】転職先には人間がいませんでした  作者: 沢渡奈々子
第2章 転職先には人間がほぼいません
11/32

第10話:恋愛偏差値Fランク

 案内所に戻り、珠緒に電池を届けると、駒子のことを聞かれた。


「駒子さん……お母さんみたいで癒やされますが、人のことをからかうのだけはやめてほしいです」

「そうなのよね、駒子は昔からああなのよ。狸だけに人をからかうのが好きでね。……で、どんな風にからかわれたの?」


 珠緒がニヤリと笑って尋ねてくる。ゴージャス美人の意地悪い笑みは、迫力がありすぎる。

 彼女に悪意はないと分かってはいるが、思わず怯んでしまう。


「……守秘義務があるので言えません」

「そんな守秘義務、聞いたことないわよ?」


(言えるわけないじゃない。もう……)


 はっきり言って、智恵の恋愛経験値は高くはない。むしろ底辺だ。過去に何人か彼氏がいたこともあるが、実はオトナ・・・方面の経験はない。

 機会がなかったわけでも、興味がないわけでもない。

 自分の周りにいる『人ならざるもの』が見えてしまうためか、そういう雰囲気になっても、集中できない。できるはずもない。

 そのせいで彼氏に振られてしまうし、デートをしてもそこから発展しなかったりで、経験値をじっくり積むこともなく二十五歳になってしまった。

 だからからかわれると、中高生か、という反応をしてしまう。慣れていないのだから、仕方がないのだ。

「教えなさいよ」「嫌です」という、珠緒との攻防戦を繰り返していると、所長室のドアがノックされた。珠緒の返事の後、入ってきたのは、なんと湊だった。


「……っ」


 噂をすれば――とは言っても、智恵の中だけでだが。からかわれた元凶(?)がやって来てしまった。

 途端、顔が赤くなる。なんというタイミングなのか。


「所長の好きだっていうケーキ屋で、スフレチーズケーキ、買ってきましたよ」


 湊が大きなケーキボックスを掲げた。


「やーん、待ってたわよぉ。パティスリー・ササイのスフレチーズケーキちゃん!」


 珠緒は光の速さで湊からそれを奪い取り、箱に頬ずりをした。

 智恵は湊とともに、その光景を生温かい気持ちで見守る。


「……所長の大好物なんだよ、あれ」

「そうなんですか?」


 珠緒の一番の好物であるスフレチーズケーキは、横須賀にある洋菓子店でしか手に入らない代物だ。

 今日の午前中、湊が実家の仕事の関係でたまたま横須賀に行くことになったため、珠緒の命を受けてケーキを入手してきたというわけだ。

 珍しくだらしない顔をしている珠緒の後ろに、嬉しそうにフリフリと振られている九本の尻尾が見えたのは、気のせいだろう……多分。


「んふふふ~、それで智恵ちゃん? 駒子からなんてからかわれたのかなぁ~?」

「っ! ちょ……っ、所長、まだその話擦るつもりですか!」


 浮かれながらもさっきの話を蒸し返す珠緒を、智恵は慌てて両手を突き出して止める。


「どうせ駒子のことだから、恋愛絡みでからかわれたんでしょ~? ね、湊くん? 湊くんだって駒子の性格、よぉく知ってるわよね?」

「あー……そうですね。俺も会うたびに『お見合いせんけ?』って聞かれますし」


 湊曰く、まるで『お見合いおばさん』がごとく、グイグイ来られるらしい。


(駒子さん、世話好きなのね……)


「そ、それじゃあ、私は失礼します!」

「あ、ちょ……智恵ちゃん! 逃げるな!」


 珠緒がケーキに気を取られている隙に、智恵は所長室を飛び出した。


「ふぅ……疲れた」


 エレベーターホールに歩きながら、安堵のため息をつく。


「……駒子さんにからかわれて疲れたのか?」

「ひぇっ」


 突然の声に、バッと振り返ると、そこには湊がいた。どうやら智恵と一緒に所長室を出てきたらしい。


「駒子さん、いい人だけど、人をからかうところは、やっぱり妖狸だよな」


 湊がクックッと笑っている。


「そうですね……」

「で? なんてからかわれたんだ?」

「……秘密です」


 それを聞きますか、あなたが! ――智恵は思わず叫びそうになったが、ぐっと堪える。

 エレベーターが来たので乗り込む。所長室は十階、総合案内課は八階なので、たったツーフロア。階段で降りてもいいのだが、所長室と階段はビルの端から端への移動になるので、エレベーターで降りる方が早いのだ。


「――湊さんも、異類専門の家電で生活してるんですか?」


 半妖でも普通の家電との相性が悪いのだろうか――ふと思ったので聞いてみた。


「うん、俺も専門の家電を使ってる。俺はどちらかと言うと、異類の血が濃いんだ。人狼と人間のハーフでも、人間の血が濃く出ると、満月の日でも外見が変わらなかったりするから」

「へぇ……同じハーフでも違いが出るんですね。……満月の時の湊さんは、神秘的できれいでした」


 初めて会った日の銀髪と金の瞳は、本当に神々しかった。今でも思い出してはうっとりしてしまうほどだ。


「きれいだったのは、あの日だけ?」


 甘く目を細められ、智恵の胸がきゅっと締めつけられた。駒子にあんな風にからかわれた後で、この距離感は心臓に悪い。


「え、あ、も、もちろん! いつもきれいですとも!」

「……ははは、ごめん。今のは冗談」


 ぎこちなく返した言葉に、湊はおかしそうに笑った。同時に、エレベーターの扉が開き、二人は揃って降り、案内課へ向かう。


「……からかったんですか?」

「だからごめん、って。……智恵はからかい甲斐があるからつい、な」

「……もう、湊さんも所長も駒子さんも、私のことおもちゃにしないでほしいです」

「それだけ可愛がられてる、ってことだよ」


 湊は智恵の頭をポンポンと叩くと、案内課のカウンターに入っていった。


(もう……可愛がられてるのかからかわれてるのか、分からないってば)


 智恵はほんのりと熱くなった頬を擦った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ