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プロローグ:女三人寄れば姦しい

 成宮なりみや智恵ちえの日常は非日常だ。


「――もうそろそろ、成仏してもいいんじゃないですか?」


 朝っぱらから他人にこんな台詞を吐くのは、世間広しといえど自分だけだと智恵は盛大にため息をつく。

 もちろん、隣のカウンセリングルームのソファにどっかりと腰を下ろした――と言っていいか分からないけれど、とにかく彼女たち・・・・に聞かせるため、わざと大きく息を吐き出した。

 それでもこうして彼女たちにお茶を淹れてあげているのだから、偉いわ私、と、給湯室でせっせと準備をする。


「あら……お智恵ちゃんって、つれない子なのね」

「そうよそうよ。お智恵ちゃんったら、伊右衛門いえもん様よりいけずだわ! プンスコ!」

「!! あんな外道と同列に並べないでください! お岩さん! それに『プンスコ』って何、『プンスコ』って」

「――ねぇねぇお智恵ちゃん。このティーカップのお皿ソーサー、一枚足りなくない?」

「あぁもう! それに触らないでください、お菊さん! 一枚足りないのは、この間あなたが割ったからです!」


 智恵はもう一度大きくため息をついた。これはわざとではなくて、自然と出てしまったものだ。

 女が三人集まると姦しいとはよく言ったもので。

 目の前にいる女性三人は、こうしてたびたび連れ立ってやって来てカウンセリングルームに居座る。そして茶菓子を要求し、わいわいがやがやと騒いでは智恵を困らせるのだ。何が一番困るって――


「この三人の内、誰が一番可哀想・・・か」


 を、智恵に決めてもらいたがる。要は、不幸自慢だ。

 多分、SNSでアンケートでも取ればすぐにでも決まるだろう。

 何せ彼女たちはなかなかの有名人なのだ――但し、生身の人間ではないのだけれど。


 牡丹燈籠――お露

 四谷怪談――お岩

 番町皿屋敷――お菊


 そう、智恵が相手にしているのは、日本三大怪談に登場する女幽霊たち。

 三人は気が向くと、喫茶店感覚でここに来るのだ。

 彼女たちの時代からかれこれ数百年は経とうというのに、未だにこの世に未練があるらしい。


「だって……今って、男なんていなくったって、楽しいものがいっぱいあるんだもの。成仏している暇なんてないのよ? 見て、このソイキャンドル、牡丹の形してるのよ。きれいでしょう?」


(確かに楽しいものたくさんありますけどね……お露さん)


「ほんとほんと。顔の醜い跡だって、医療メイクで隠せるし! もう令和サイコー! デパコスサイコー!」


(幽霊なのにどうやってメイクしてるのか、教えてほしいです、お岩さん)


「あの時代にコ○ールがあったらよかったのに、って、つくづく思うの。お智恵ちゃんはいいよねぇ……現代の技術を生身で堪能できるんだもん」


(何故、丈夫なお皿のブランドを知ってるのかな? お菊さんは)


 幽霊の彼女たちが現代を満喫しきっているこの状況。水を差すのもアレだし、突っ込むのも疲れるので、心の中だけで思うことにしている。

 そんなわけでこの幽霊たち、格好こそ着物姿だが、有名な絵画や挿絵のようにおどろおどろしくはない。

 お露は燈籠を持ってはいない。その代わりにアロマキャンドル収集が趣味なのか、どこからか手に入れてはここに持ち込む。おかげで、智恵のデスクも今ではキャンドルだらけだ。

 お岩の顔も彼女曰く医療メイク・・・・・のおかげでとてもきれいだ。おまけに美容系配信者もかくやなメイクテクを持っているので、見た目は完全に令和美女だ。コスメの知識も膨大で、時々智恵にアドバイスまでしてくれるのだ。

 お菊の欠けた指の根元には、可愛らしいリボンが結ばれている。カワイイものが大好きで、特に北欧食器に対する情熱は並々ならぬものがある。しかし少々ドジっ娘なので、セットで買っても一、二枚は割ってしまうのが玉に瑕。

 このように三者三様で現代を満喫しているが、ただ……そこはやはり幽霊――足はない。


「それでお智恵ちゃん。私たちの中で、一番の『悲劇のヒロイン』って誰だと思う?」


 智恵が三人分の紅茶をテーブルに出すと、お岩がずいっと身を乗り出して聞いてきた。やけに鼻息が荒い。とても『悲劇のヒロイン』とは思えない前のめり振り。


「それは私に決まってるよね? 何せ父親は稀代の悪党で、奉公先の主人にはいじめ抜かれて指を詰められて。井戸に身を投げずにはいられなかったんだもん」


 お菊がえへん、と、自信満々に名乗りを上げた。語っている内容とは相反して、やけに目がキラキラしているのは何故なのか。

 お菊の父親は江戸時代の大盗賊で、十代半ばにして平気で人を殺めていたほどのサイコパスだった。

 おまけにお菊自身はその美貌のため、奉公先の主に狙われたものの、身持ちが堅く絶対に枕を交わすことは許さなかった。それゆえ、壮絶ないじめを受けた末に死に追いやられてしまったのだ。

 確かにお菊は可哀想な人だと、智恵も思う。


「あら……それを言ったら私だわ。好きになった人に会えないまま死ぬしかなくて。それでも会いたくて幽霊になってしまったのよ。しかも最後には家にお札を貼られて近づけなくなって……。ヒロイン、という位置づけなら私がぴったりだと思うわ」


 お露は自分に酔ったように、芝居がかった声で訴えた。


 たしかに、彼女が一番ヒロイン・・・・っぽくはあると、智恵はうなずいた。

 誰に殺されたでもない、好きになった相手を思うがあまり伏せってしまったのだから。


(よく考えたら、想い人に対して一番執念深いのはお露さんよね……)


 これは心の中に留めておくことにした。


「あんたたち、甘っちょろいわ! 私なんて、父上の仇を取ってやるっていう伊右衛門様の言葉を信じてついていって、子どもまで産んでやったにもかかわらず疎まれて! 良家のお嬢さんとの縁談が出た途端、面相が酷くなる薬を飲まされて、不倫をでっち上げられた挙げ句に殺されたのよ? 後から聞けば、父を殺したのもあいつだし、しかも私を捨ててまで再婚した相手とその親まで殺したのよ。激ヤバよ、激ヤバ!」


(それはもはやお岩さん云々ではなくて、伊右衛門の外道っぷりを語っているだけでは……)


 あえて口に出すまいと、智恵はそっと心で突っ込んだ。

 お岩はお岩で、相当酷い目に遭っているのは間違いないのだが。

 もうここまで来ると収拾がつかないのだ。困った。本当に困った。


「あの……三者三様ってことで、誰が一番だとか決めなくてもいいのでは?」


 ということで、一番円滑に事が運びそうな言葉を選んでみた。


「もう……面倒臭いからって、すぐそんな風に言うところ、お智恵ちゃんらしいわ」

「適当に当たり障りのないことを言っておけばいいって思ってるんでしょ? まったくもう!」

「そういうとこ、ほんと井戸の水より冷たいからね、お智恵ちゃんは!」


 三人が同時に不満をぶちまけるものだから、智恵もいい加減しんどくなってきた。


「だって、誰を選んでも恨まれそうなんですもん! 夜中に枕元でお皿の数数えられたり、お札剥がしてって囁かれたり、恨み節聞かされたりしたくないですもん!」


 智恵は両のこぶしを握りながら、三人に向かって本音を吐き出した。


「だって……私たちとこうやってコミュニケーション取れる女子、滅多にいないんだもの。少しは相手にしてくれてもバチは当たらないと思うわよ?」


 お露はくちびるを尖らせる。


前苑まえぞの所長がいるじゃないですか」

「っ! あの人は! 無理無理無理無理! 怖いもん!」


 智恵が挙げた名前を聞くや否や、お菊とお岩が青ざめながら揃ってかぶりを振った。


「ちょ……っ、幽霊が妖怪を『怖い』ってどういうことですか!」

「怖いものは怖いのよ!」

「そもそも……珠緒たまおさんは『女子』って年齢じゃないわよ?」

「それをあなた方が言います? 大して年変わらないでしょう?」

「全っ然違いますー! 私たちは八百歳なんて超えてないもの! ……多分」

「私から見たら、もはや三百も五百も千も変わりませんし」

「だ・か・ら! そういうとこだ、って言ってるでしょ!? お智恵ちゃん!」


 幽霊三人がわーわーぎゃーぎゃーと騒ぎ立てているのを、智恵は心を無にして聞き流す。

 その時――


「相変わらず賑やかだな、三人娘どもは」

「きゃあぁああああ! みなとくんっ」


 お岩の声がひときわ甲高くなったのは、そこに現れた人物のせい。


「岩さん、うるさいよ……」


 スラリとした長身の美形がうんざりと表情を歪めても、やっぱり美形で。

 幽霊三人娘は、そんな彼の佇まいにうっとりと見とれている。


「湊くんったら……相変わらずイケメン。私があと百歳若かったら……」

「それでも百歳超えてるだろうが」


 お露の悔しそうな台詞に、陣川じんかわ湊は冷静に突っ込みを入れる。


「もう、湊くん相変わらず冷たいんだから。……でも、そんなところもたまらないわぁ」

「どうでもいいけど、これ以上智恵に迷惑かけるようなら、所長に結界張ってもらうからな」

「いや! それだけはやめてお願い!」

「ここを出禁にされたら、私もう通販で食器買えなくなっちゃう! せっかく今、目をつけてるセットがあるのに!」

「湊くん、いけず! 伊右衛門様よりいけず!」


 ぎゃーぎゃーぴーぴーと騒ぎ立てる三人に、湊は冷たく目を細める。


「あんな外道と一緒にされるのは心外だ」

「あー、お智恵ちゃんとおんなじこと言っちゃって! もう!」


(やれやれ、今日もほんと賑やかだわ……)


 智恵は今日何度目かのため息をついて、そしてクスリと笑った。

 これが彼女の――『異類いるい生活支援案内所』における日常だった。

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