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⑧ だからどうしてこうなるんだ




「なんでぇ!?」

「えっ!?」


ミリシャは突然大きな声を上げたリシアを不思議そうに見ていたが、しばらくすると何かに納得したような顔をして説明を始めた。


「あ、私、回復魔法が使えるんです!唯一の特技っていうか…だから、これくらいの怪我はへっちゃらなんです!」


どうやらミリシャは、リシアが回復魔法に反応したと思ったようだ。

違う。大いに違うが、まあ良いだろう。


(それよりも、ミリシャってなんか…危なっかしいな)


この世界で回復魔法の使い手は、結構貴重だったりする。ある意味光魔法と同じくらい貴重だ。ゲームでも、パーティで回復魔法を使えるのは、ミリシャだけだった。ガイが中盤で「手当」というスキルを覚えたが、ミリシャの回復量には遠く及ばず、故にミリシャはパーティーに入れっぱなしだというプレイヤーも多かったはず。


それなのにそんな貴重な能力をこんな人の多いところで大きな声で話し、あまつさえ使ってみようとしている。リシアは慌ててミリシャを止めた。


「ちょ、ちょっと、ちょっと待って!」

「えっ?」

「ここじゃ目立つから、ちょっとこっちに来て!」


リシアはなるべく人通りの無いところにミリシャを連れて行こうとしたが、そういうところはまた治安が悪そうだ。


「ミリ…じゃなくて、えっと、お名前は?」

「ミリシャです!ミリシャ・ウィンターです!」

「ミリシャさんね。私はリシア。ミリシャさん、家は?それか、宿はどこ?」

「あ、えっと…」


ミリシャは言いにくそうに言う。


「宿とか、ちょっと無くて」

「え?」

「ちょっとなんというか、家出状態でして…帰るところがないんです」


(…嘘でしょー!!)


ゲーム内でミリシャは、フレンが王都から次の町に向かう際、魔獣に襲われているところを助けてもらう。

フレンと一緒に共闘して、回復魔法使いであることと、彼女の目的地がフレン達と同じ方向だということで、とりあえず一緒に旅をすることになるのだ。


だから現時点でなぜミリシャが王都にいるのかは、リシアには全くわからない。まさか宿無しでフラフラしているとは思わなかった。



「ええっと…」

「はい…」

「…とりあえず、私の泊まってる宿に行こうか…」

「いいんですか!?」

「一人部屋だから泊めてはあげられないかもしれないけど!とりあえず落ち着いて考えるくらいはできると思うし!」

「はい!有難うございます!」


ミリシャは嬉しそうにリシアについてくる。

いくらリシアがミリシャを助け、しかも女性だとしても、あまりにも警戒心がない。


(大丈夫なの?この子…)


だとしても、夜の街に若い女の子を放り出すことなど出来ない。

ミリシャはまだ十六歳、成人して間もない少女なのだ。





「どうぞ、座って」

「ありがとうございますっ!」


結局ミリシャを部屋まで連れてきたリシアは、ミリシャに小さな椅子を勧めた。

彼女はそこに大人しく座る。


「あのね、ミリシャさん。知っているかもしれないけど、回復魔法が使える人って、とても貴重なの。だから、一人でいて身を守る手段がない時に、そのことをあまり公にしない方がいいと思う。さっきみたいな男に連れて行かれたら、大変でしょ?」

「あ、そ、そうですよね…すみません…」

「怒ってるわけじゃないよ。誰か守ってくれる人がいるときなら構わないし。ただ、ミリシャさんみたいに若い女の子が一人でいるだけでも危ないのに、貴重な能力があるなんて知れたら、心配だから」

「リシアさん…」


ミリシャは瞳に涙を浮かべている。

リシアはぎょっとした。


(そ、そんなに強く言った気はなかったんだけど…!)


そしてアザのできているミリシャの手首を見て、慌てて声を掛ける。


「ごめんなさい、手首、痛かったよね!ここなら誰も見てないから、魔法使って大丈夫だよ」

「えっ?!あ、いえ、全然大丈夫です!これくらいの怪我、慣れっこですから」

「慣れっこなの…?」


一体普段どんな生活をしているのだろうか。



ミリシャは手を痣に当てると、小声で詠唱する。すると痣がすうっと消えていった。


「すごい。もう痛くない?」

「えへへ。はい!もう全然大丈夫です」

「良かった」


これでミリシャの怪我は治った。とりあえず一安心、だが…

リシアはミリシャにコップに入れたお茶を差し出しながら、新たな問題に向き合うことにした。


「それで、その、このあと寝泊まりできる場所はないの?」

「う、はい…」

「お金か、頼れる人はいる?」

「王都に知り合いはいません。お金は、これくらいしか…」


ミリシャは懐から財布を取り出すと、徐ろに中身を見せる。そこには王都で数日過ごすにはとても心許ない金額しか入っていなかった。


「ありがとう、ミリシャさん。でも、財布は簡単に見せないほうが良いよ」

「あっ、そ、そうか…」

「うん。で、その金額だと、宿は一番安いところで何とか…ってところでしょうね」

「安宿でも良いんですけど、これが全財産なので、一晩で使うわけにはいかなくて」

「…」


詰んでいる。どう考えても。

どうしてミリシャは、こんな無謀なことをしているのか?わけがわからない。


リシアが呆れ顔をしていると、ミリシャは慌てたように早口で付け加えた。


「あっ、で、でも、仕事のあてはあるんです!今日一日歩き回って、日雇いの仕事を数日やらせてくれるところを見つけたんです。明日からって言われてるので、とりあえず今日の宿はないんですけど、明日からは、何とか」

「そっか…」


だとしても、たとえ一泊でも女一人で野宿など、危なすぎる。


「あの、差し支えなければ聞いてもいい?」

「はい!何でも聞いてください!」

「それもどうかと思うけど。…家出って、どうしたの?ミリシャさんは王都の人じゃないよね。どこから来たの?」


実はゲーム内でも、ミリシャの生い立ちにはあまり深く触れられていない。

ゲーム内でリシアは、唯一の家族である母が亡くなり、遺言に従って母の故郷であるという東の港町、アスクラに向かう。その途中でフレン達に会うのだ。


アスクラで会った母の父、つまりミリシャの祖父は貿易商を営んでおり、かなり成功していた。ミリシャの母は大商会の跡取り娘だったのだ。

しかし駆け落ちしていた母は実家とは縁を切っていた。

祖父はミリシャを暖かく迎え、これからは家族として一緒に暮らそうと言う。

しかしミリシャはフレン達仲間を選ぶ。ミリシャにとって、これまで支えてくれた仲間こそ家族であり、自分の力で助けたいのだと言うのだ。


つまりミリシャは、純粋に仲間を助けたいだけという、昨今のゲームとしては珍しい非常にシンプルな動機を持つヒロインなのだ。

しかしミリシャの健気で明るい性格も相まって、プレイヤーには概ね前向きに受け入れられていた。



ミリシャの生い立ちについては、このイベント以外は深く触れられない。そのため、母を亡くすまでミリシャがどう生きてきたのかは分からない。


恐らく今のミリシャは、母親を亡くしているはずだ。しかし彼女は家出と言った。状況が全くわからない。



「あの、私、ノラっていう町の孤児院にいたんです。でも、その、色々あって、そこを逃げるように出てきちゃって…」

「…孤児院に?」


ノラは確か、王都から見て西にある町だ。ここから恐らく馬車で三日ほどの距離だろう。


「途中の村で、厩舎とか空き家とかを借りて寝泊まりしながらここまで辿り着いたんですけど、流石に王都ではそんなことできないし、お金も足りなくて。何とか仕事をもらおうと、今日一日歩きまわってたんです」

「厩舎…」


十六歳の少女にしては豪胆だ。どうやらこのミリシャは野生のミリシャらしい。


「あの、そこまでして、どこに行きたいの?」

「あ、ここから東に行ったところにある、港町アスクラに行きたいんです。母の遺言でして」

「そうなのね」


目的地はゲーム通りのようだ。

そして遺言ということは、やはりミリシャの母は亡くなっている。



リシアは悩んだ。



仮にミリシャを今解放したとして、無事にミリシャはシナリオ通りフレンと合流できるのだろうか。このミリシャは何だかフワフワしていて、放っておいたら何らかのトラブルに巻き込まれそうな気しかしない。

それに現実問題として、ミリシャには今お金がない。明日からは仕事をすると言っているが、毎日宿代を稼ぐだけでは旅費は貯まらないし、とりあえず今夜は野宿だろう。


それを分かっていて彼女を追い出す度胸は、リシアにはなかった。


(…関わるべきではないんだけど、でも、このまま放っておけないよなぁ)


うっかり助けたのが運の尽き、ここで追い出したらリシアが悪人みたいなものだ。



リシアは覚悟を決めた。



「ミリシャさんが良ければ、宿屋の主人に頼んで、今日はここで泊まれるようにするよ」

「えっ?!」

「もし明日からの仕事のお給料が少ないなら、数日くらいならここに滞在してくれて構わない。野宿させるわけにはいかないし」

「えっ、えっ…!」


リシアの提案を聞いて、ミリシャは興奮したように目を輝かせた。頬も薄く色づいて、何というか、とても可愛い。


「有難うございます!初対面なのにこんなに良くしてもらって、私、なんて言えばいいか…あの、お金はないですけど、何でもします。お役に立ちます!」

「気にしないで。…あ、じゃあ」

「はい!」

「家事はできる?料理とか洗濯とか、その辺はやってもらおうかな」

「もちろんです!!」

「じゃあ、宿の人に話してくるね」

「はい!」


リシアはミリシャを置いて部屋を出ると、ため息をついた。


ストーリーに関わりたくないから色々と動いてきたのに、結局主要人物に関わってしまっている。


「でも今回は完全に自業自得だよなぁ…いやでも、まさか襲われてるのがミリシャだなんて思わないでしょ…。それになんか生い立ちがゲームと変わってる気がするし、もうわけわからない」


リシアはぶつぶつ呟きながら、フロントへと向かうため階段を下りた。





読んでいただきありがとうございます!


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