⑥ 王都にて
「うおお…」
「わああ…」
おのぼりさんの二人は、馬車の窓から王都の町並みを見て、口をあんぐりと開けた。
人、人、人。ものすごい人だ。それにひしめく商店の数。建物も頑丈そうで、背が高い。テナ村も、隣町も、建物は高くても二階建てが普通だったが、ここではただの住居のようなのに平気で三階、四階建てが存在している。
人が多いから、賑やかさもすごい。村では経験したことのないようなざわめきに、フレンもリシアも圧倒された。
リシアは前世の記憶を思い出してはいるが、それはあくまで他人の記憶のような感覚で、実際に体験したわけではない。リシアの人生はあくまで、リシアとして生まれてから始まっている。だから前世の自分が過ごした場所が、この国とは比べ物にならないほど発達していたということは記憶にあるが、実際にリシアとして体験した初めての喧騒に、リシアは目を丸くした。
「見て、馬車が街の中を走ってる…!」
「っていうか道幅広いな!テナ村の十倍くらいあるぞ」
「女の人、みんなおしゃれだね…私の一張羅なんて、王都の人の寝間着にも及ばないかも」
「俺ももはや裸で歩いたほうがマシかもな」
「筋肉こそ最高のおめかしね」
リシアはフレンと顔を見合わせると、吹き出した。笑っちゃうくらい、二人共田舎者だ。
「あれが王宮です」
御者が進行方向についている窓を開け、説明してくれる。
フレンと二人、馬車から顔を出すと、見たこともないような豪華な建物が前方にそびえ立っていた。白く美しい塔が何本も集まって高く伸びている。
「うわ。あれ、何階建てなの?」
「っていうか、何棟あるんだろうな」
「一体どれだけの人が暮らしてるんだろう」
「テナ村全員住めそうだな」
口々に感想を述べている間に馬車は進み、王宮の前に到着する。
使者が扉を開け放ち、フレンが先に馬車を降りた。リシアも続いて飛び降りる。使者は少々面食らっていたが、お姫様でもあるまいし。エスコートなど不要だ。
こちらに気付いた周囲の人が、ざわめくのが分かった。
王家の馬車から田舎者が降りてきたから驚いたのか、それとも何か別の理由か。
どちらにせよ注目されるのは、あまりいい気分ではない。
「…じゃあフレン、ここでお別れだね」
「あっ…そうだよな」
フレンはこの後、王宮で王様との謁見だ。
リシアはただ、王都まで同行しただけ。王宮に行く必要はない。
「なんつーか…ここで別れること、すっかり忘れてた。そうだよな。リシアはこれからどうするんだ?」
「使者さんのご厚意で、試験までの間滞在する宿を手配してもらったの。そこで試験まで過ごすつもり」
「そっか、じゃあ、そこに行けば会えるな」
「フレンはもう王宮に滞在するだろうから、そんな気軽に出てこれないんじゃない?」
「そうなのかな…?」
フレンがまた子犬モードに入ってしまったため、リシアは彼の背中をバシバシと叩いた。
「ほら、しゃんとする!テナ村には立派な男がいるんだぞって、証明してきてよね!」
「うん」
「あと、気をつけてね。絶対無事に帰ってくること!」
「…おう!」
フレンは感極まったようにリシアを抱きしめる。色っぽいものは何もない、友愛のハグだ。あと、彼はムキムキなので、ちょっと苦しい。
でも、もう彼の旅が終わるまで会えないと思うと、やっぱり寂しかった。
リシアは王宮へ向かうフレンに大きく手を振ると、使者にもらった地図を片手に反対方向へと歩き出した。
何せこんな都会は初めて歩く。迷わずに宿まで行けるだろうか。
荷物を抱えて地図と景色を交互に見ながら歩いていると、急に右側に人の気配を感じて、リシアはさっと身体を寄せた。
しかし大きな荷物は避けきれなかったのか、トンっと軽く気配の人物にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい!って…」
「こちらこそ、申し訳ない。怪我は?」
「…いえ、ないです。その、失礼します」
「ああ、気をつけて」
ぶつかってしまった人物を見て、リシアはざあっと顔から血の気が引くのを感じた。
目の前にいたのは、ガイ。仲間の一人である、騎士のガイだった。
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