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③ 物語のはじまり




それから、五年。


ついに運命の時がやって来た。




「私は王宮からの使者です。光魔法の使い手であるフレン・シャール殿に、国王陛下からの伝令を届けに参りました」



(本当に来た…)



小さな田舎村には似合わない豪奢な馬車から降りてきた使者が、フレンと彼の両親に向けて仰々しく書状を広げて読み上げている。


曰く、貴重な光魔法の使い手であるフレンに、魔獣討伐、そして瘴気封じに力を貸してほしいと。



村人は初めて見る王宮の使者とやらに驚き、野次馬がシャール家を囲んでいた。



フレンに断るという選択肢はないだろう。国王からの勅命を断れる者などそうそういない。

フレンは目を丸くしながらも、使者から書状を受け取っている。




フレンはこの五年のリシアとの特訓によって、かなり逞しくなった。具体的にいうと、ムキムキになった。



どちらかというとフレンは童顔だ。

金色の髪に垂れ目がちの優し気な薄緑の瞳。山や森を駆け回って育ったから日に焼けていて、それが金色の髪をより目立たせている。片田舎で育ったにしてはなかなかの美男子だ。

そりゃヒロインのミリシャも惚れてしまうだろう。




だが現在のフレンはその顔に似つかわしくない、鋼のボディを手に入れている。


腹筋はバキバキだし、筋肉のせいか、なんだか肩幅も広い。比較的小柄だった彼は、特訓のため消費したカロリーを補うためたくさん食べるようになり、体つきも大きくなった。

今ならグレイウルフなど、数秒で屠れるだろう。



そしてフレンの筋肉にも見慣れてしまうくらい、リシアもフレンもずっと一緒に修行をしてきていた。

怪我をしたらお互いに手当てもし合っていたし、多分フレンが目の前でパンイチになっても動揺しない。流石に全裸はちょっときついが。



そうして追い込んだ結果か、フレンはゲームではストーリー後半に習得していたような高度な光魔法を、すでに使えるようになっている。剣の腕もかなり立つ。


これなら、リシアがパーティーにいなくても余裕だろう。



(ここでお別れだね)



リシアはというと、王宮魔術師の地方試験に無事受かり、本試験を受ける資格をもぎ取った。本当に大変だったが、本試験に受かれば、晴れて王宮魔術師だ。

王都への上京資金を貯めるため、そしてフレンとの出発時期をずらすため、本試験は来年受けるつもりだ。



ゲームとは違う人生が動き始めている。

リシアは胸をときめかせた。



「…えっと、無理です。お断りします」

「は?」



リシアが今後の人生を想像してニヤニヤしていると、何だか信じられない言葉が聞こえてきた。

聞き間違えだろうか。フレンの声で、何だか恐ろしいセリフが聞こえた気がする。

それに、使者の間の抜けた声も。



「俺は確かに剣と魔法の腕を鍛えましたけど、それは幼馴染との約束だったからで。リシアを置いてどこかには行きたくないです」

「は?」

「はぁ?!」


次いでフレンの口から飛び出たセリフに、今度はリシアも使者と口を揃えて間の抜けた声を出した。

リシアを置いていけない?!なんだ、その思い込みは!そんな約束してないし!


「し、しかしですね、フレン殿。これは国王陛下からの勅命ですよ」

「えっ、もしかして俺、無理矢理にでも連れて行かれるんですか?」

「そ、そこまでは言いませんが…。フレン殿、何もタダ働きではないのです。一生不自由のない生活ができる程度の報酬がもらえるのですよ」

「うーん、食い扶持くらいは自分でなんとかできますし」

「えぇ…」


使者は唖然としている。まさか断られるとは思っていなかったのだろう。



(ど、どうすべきなの!?)



フレンが旅立たなければ、そもそもゲームのストーリーは始まらない。

そうすれば、リシアも死ぬ必要がなくなる。もしかしてこれは一番安全な選択肢なのではないか?



(でも、フレンがやらなかったら、魔王はどうなるんだろう…) 



彼が戦わない世界線は、リシアにはわからない。

リシアがぐるぐると考え込んでいると、焦ったように周りを見渡す使者と、目が合った。



「…貴方がリシア殿ですね?!」

「ひぃっ!」


使者はリシアの方へ小走りに駆け寄ってくると、ガッシリと肩を掴んできた。


「どうかフレン殿を説得してください!光魔法を使える者は本当に貴重なのです!この世界を守るためにも、彼は必要なのです!」

「う、うう」


使者は必死だ。彼もきっと手ぶらでは帰れないのだろう。


「すみません、リシアが困ってるんで、やめてください」

「リシア殿!どうか、何卒!」

「えええ」


フレンと使者に挟まれ、リシアは白目を剥きたい気分になった。



「えーと…使者、さん?とにかく、ちょっと時間を下さい」


リシアはフレンを連れ、使者から離れた。

誰もいない村のはずれの空き地まで来ると、適当な木株に腰掛ける。

隣をポンポンと叩くと、フレンも大人しく腰掛けた。


(…そういえば、フレン、素直になった気がするな…素直っていうか、懐かれてるっていうか)


幼い頃のフレンはやんちゃで、注意されてもお構いなしにイタズラしたり、リシアを振り回すことが多かった。でも、ここ数年はそういう言動がめっきり減った。


(大人になったからだと思ってたけど…)


リシアは自分の背中に残る、忌々しい傷跡を思い出す。

もしかしてフレンは、未だに責任を感じているのかもしれない。



「フレン、村を出たい?」

「いや、俺は、別に…」


フレンはすっと視線を右下に落とす。

小さい頃からの、フレンが嘘をつく時の癖だ。分かりやすい。


「もう…嘘吐かない。行きたいんでしょ?」

「行きたいっていうか、…光魔法が使える人が少ないのは知ってるから、俺にできることがあるなら、やりたいとは思ってるよ」

「じゃあ」

「でも、リシアを置いていけない。俺はずっと、あのときのことを後悔してるんだ。特訓したのだって、もうあんなことが起きないように、強くなりたかったからだ」

「フレン…」

「それに、何ていうか…リシアにしごかれ過ぎて、それがくせになってるから、しごかれなくなるのが寂しいっていうか」

「フレン??」


どうしよう。幼馴染が特殊性癖に目覚めてしまったかもしれない。


「もうフレンは強くなったんだから、しごく必要もないでしょ!」

「えー?そうかな…」

「残念そうな顔しない!」


まさかフレンがドMになりかけているとは思っていなかった。危なかった。


「あの事件のことは、フレンのせいじゃないって何度も言ったでしょ。むしろフレンは私を助けてくれた、恩人」

「でも、そもそも俺が森の奥になんて行かなければ」

「それも、話したでしょ。ついていったのは私の判断で、私の責任。そもそもいくら森の奥でも、あんな魔獣は住んでるはずないんだから、フレンが責任感じることは、一つもないの!」


リシアはフレンの背中をバスバスと叩く。鍛え上げられた彼の体は、この程度じゃびくともしない。


「フレンがやりたいようにやればいいよ。私のことに責任を感じる必要はないの。そもそも、私だって結構強くなったんだから、今なら魔獣は無理でも、暴れ牛くらいなら余裕でワンパンよ」

「あっはは!確かにな。リシア、めっちゃ強いもん」

「王宮魔術師になったらかっこいい旦那さんだって捕まえてみせるわ。だから安心して」

「ええ、リシアが?そこいらの男よりも強いリシアが?」

「うるさいわよ」


フレンは快活に笑う。リシアは話がまとまりそうな雰囲気に、ほっと胸を撫で下ろした。


「時々は手紙でも送ってね。心配してるから」


リシアだって、フレンのことは幼馴染として大切に思っている。だから、彼がこれから危険な旅に出るというのは、複雑な心境だ。結末を知っているから、余程のことがなければフレンは無事に魔王を倒すだろうけれど、当然心配にも思う。



「うん、俺さ、いいこと考えたんだ」

「ん?」

「リシアも一緒に王都、行こう」

「はい?」



フレンは爽やかな笑顔で言い放った。


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