② 特訓開始
「まずはこれからのことを考えないと」
まだ背中の傷が痛むため、リシアは自室で療養中だ。つまり、時間ならたっぷりある。この隙に、思い出したことを纏めておこう。
リシアはベッドに上体を起こして、思考を始めた。
リシアは現在、十三歳。フレンが光魔法に目覚めるイベントはすでに、起きてしまった。
リシアの背中には一生消えないだろう傷が残っている。
フレンはそれについて何度も謝ってくれた。別に彼のせいではないのに。
むしろフレンがあの時助けてくれなければ、二人とも死んでいた。
いや、森に迷ったのはフレンのせいだけれど。それはわざとではないのだ。
魔獣は、ただの凶暴な獣ではない。
動物の中にも人を襲う危険なものはたくさんいるが、魔獣は動物が瘴気に当てられて魔属性となったものだ。ちなみに魔物は瘴気そのものから生まれるもので、魔物同士で繁殖をせず、生態は全く動物と違う。
いずれにせよ、決定的に違うことは、魔獣も魔物も「普通の人には殺せない」ということだ。
魔獣も魔物も、瘴気を纏っている。それが彼らを守る盾となり、どんなにダメージを与えても、瘴気を封じない限りとどめをさせない。
つまり、光魔法が使えないといけないのだ。
…傷は大きい。もう露出の多い服は着れないだろう。
でも、怪我で済んで良かったと言えるほど危険な場面だった。
起きてしまったことは仕方ない。リシアは割り切って、気持ちを切り替えた。
(問題は、このあとだよね)
フレンが王都に旅立つのは、十八歳の春だ。フレンのところに、王宮から使者が来る。
単純な話、そこでリシアは一緒に行かなければいいのだ。
今、リシアの将来の夢は、王宮魔術師になることだ。王宮魔術師とは魔法、魔術が使える者たちの精鋭。騎士と並ぶ国防の要で、エリート集団と言える。
リシアはゲームの設定と同様、なかなか優れた魔法の使い手なのだ。
一般人では一つの属性魔法が使えるだけでも御の字というところ、リシアは三属性、水、風、土が使える。
ちなみに魔法と魔術は似ているようで違う。魔法は本人の素養によるものが強く、直接身体から発動するもの。魔術は一度魔術陣や杖などの媒体に術を宿しておき、そこに魔力を通して発動するものだ。この辺りの詳しい説明はゲームにはなく、リシアとして生きてきた上で得た知識である。
リシアの才能は、魔法に特化している。
両親もリシアの才能を誇りに思い、リシアの夢が叶うよう、応援してくれているのだ。
ゲームでは語られなかったけれど、もしかしたらゲームのリシアも王宮魔術師になりたくて、王都についていったのかもしれない。
…いや、それだと一緒に旅に出てしまった理由が分からないから、やっぱりゲームのリシアは根本的に今のリシアとは違うか。
王宮魔術師の試験は、成人した次の春から受けられることになっている。この国の成人は十六歳なので、十七歳になる年の春から受けられるということだ。まずは地方で試験を受けて、受かれば王都で本試験。試験は半年ごとに行われており、地方試験に受かった後最速で本試験を受けるなら半年後ということになるが、本試験は非常に難易度が高い上、王都に出向く必要もあるため、大抵の人、特に地方住みの人は翌年の試験を受ける。
つまり、仮に十七歳で地方試験に無事受かれば、奇しくもフレンに使者が来る時期と、リシアが王都に行く時期は同時になるのだ。
でも別に、一緒に行く必要など微塵もない。フレンを笑顔で送り出してから、自分も出発すればいいだけの話だ。本試験を受けるタイミングをずらせばいい。
「絶対に一緒に行かない。私は試験に受かって、王宮魔術師になるのよ」
とにもかくにも、まずは試験に受かるため、必死に勉強せねば。もちろん実技もあるので、魔法の特訓も必要だろう。
魔術師の試験は前世で言えば最難関国家資格みたいなものだ。そもそも田舎者のリシアには荷が重い。
(それに…)
ゲーム序盤、仮にリシアが抜けると、ヒロインのミリシャと騎士のガイだけが仲間となる。
正直、その三人では火力が足りない。フレンは序盤、初級の光魔法しか使えないのだ。それこそリシアが死んだあと、フレンも上級魔法が使えるようになる展開があるが、そんなにのんびり待っていられない。
万が一にもリシアが抜けたせいで三人が死んだりしたら、目覚めが悪すぎる。
そこまで考えた時、部屋の扉をコンコン、と叩く音がした。
「リシア、具合どうだ?母さんがマフィン焼いたから、差し入れに来た」
ノックもそこそこに部屋に入ってきたのは、フレンだ。いつもならノックしたら返答を待てと怒るところだが、リシアはぐりん!と首を回して勢いよくフレンを見ると、据わった目で迫った。
「…フレン、この前、これから剣の特訓するって言ってたよね」
「え、え?どうしたんだ?突然」
「するのよね?」
「お、おう。…あの時お前のこと、守れなかったから。俺、強くなりたいんだ」
主人公らしさ爆発のフレンの言葉をスルーして、リシアはフレンの手首を掴んだ。
「剣の特訓するなら、私と一緒に魔法もやるわよ。フレンだって光魔法の使い手だし、そっちも鍛えれば強くなれる!!」
「ええっ!?た、確かにあの時の力は光魔法、らしいけど…。でも俺、まずは剣士になりたいから、そっちに力を入れたいんだ。魔術師希望のリシアとはちょっと特訓の仕方が違くないか?」
「いいから、やるの!やっておいて損はないでしょ!!」
「え、ええ~?!」
今から鍛えて、フレンがガチガチに強くなっていれば、リシアがいなくとも冒険は問題なく進むだろう。そもそも中盤にリシアはリタイアなのだから、中盤までの火力があればいいのだ。
突然燃え上がった幼馴染を目の前にして、フレンは困惑している。
こうしてリシアとフレンの、少年少女とは思えない過酷な修行が始まった。
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