⑮ 魔獣
「魔獣…!?」
こんな町中に魔獣だなんて、聞いたことがない。
リシアとガイは顔を見合わせると、路地から表通りへと飛び出した。
通りは慌てふためく人々で混乱が起きている。目の前で転んでしまった女性を助け起こしつつ、リシアは人々が逃げてくる方向を見た。
「ガイ!」
「遠見した、この通りの先に魔獣がいる!」
「急がないと」
「リシア、フレン達を呼んできてくれ!」
「あっ、ちょっとガイ!?」
そう言うとガイは駆け出した。
どんな魔獣がいるのか分からないが、さすがに一人では危険だ。
リシアは少し考えて、先程の女性にいくつかの質問をすると、彼女に教えてもらった通り、角にある店舗へと飛び込んだ。
「おいどうした、お嬢ちゃん!?」
「ごめんなさい、後でお金払うから、これください!」
「ええっ!?」
リシアが飛び込んだのは鍛冶屋だった。お目当ては魔石だ。それも、火属性付与の効果があるもの。
(仮に出たのがあの魔獣だったとしたら、ガイも、フレンも、それに私も…これがないと厳しい)
今仲間に火魔法を扱える者はいないのだ。
リシアは焦りながら魔石を短剣にはめ込むと、フレンを呼びには戻らずガイを追いかけた。
ガイが向かった方向へ走っていくと、すっかり人気がなくなった通りの先に、人よりも何倍も大きいトカゲのような生き物が見えた。その前に、ガイが立っている。
(…やっぱり、あの魔獣は…!)
あれはこの後、森で出会う予定だった魔獣だ。
「ガイ!」
「リシア!?フレンは!」
「フレンたちなら騒ぎに気付いたら来るよ!これに一人で立ち向かうほうが危ない!」
「だが、」
「今更?私結構強いの、知ってるでしょ!」
ニヤリと笑ってみせると、ガイは少々虚を突かれたような顔をした後、ふっと笑ってみせた。
「頼もしいお嬢さんだな」
「それも今更よ」
「ははっ、違いない」
二人で構えると、巨大トカゲは真っ赤な禍々しい瞳をこちらに向け、口を大きく開けると、細く長い舌を出した。
「…やっぱり魔獣ね」
「こんな市街地に出るとはな」
「原因も探らないとだけど…まずは討伐だね」
「ああ。俺が突っ込むから、魔法で援護頼む」
「了解」
会話をしている内に、トカゲ魔獣がこちらに向かって飛びかかってきた。魔獣の牙からはよく見ると紫の液体が滴っている。恐らく毒だろう。
「…一発でも食らったら終わりだな」
魔獣の攻撃を避けつつ、ガイも同じことを考えたのか呟いた。
ガイは剣の使い手だ。言うが早いが、ガイは飛びかかってきたトカゲ魔獣の脇に素早く回り込むと、肩から首のあたりを切りつけた。
「ぎょわっ!」
トカゲ魔獣が怯んだ隙に、リシアは水魔法で水球を出すと魔獣の顔を包み込む。呼吸を奪う技だ。
「ぎゃばば!!」
「ちっ」
しかし魔獣は首を激しく振り、水球は破られてしまった。
(…ここの土地は乾燥気味、これ以上の水球は厳しいな)
魔法は、何も水や土を自在に出せるわけではない。土地にあるものを「借りてくる」方が正しい。なので乾燥した土地では、水魔法はあまり効果を発揮できないことがある。
ガイはその間も目にも留まらぬ速さでトカゲ魔獣を切りつけているが、硬い鱗に守られた身体はなかなか深手を負わない。
(やっぱり弱点じゃないと)
ある程度ダメージを与えたら、リシアの短剣で深手を負わせ、トドメに光属性攻撃。これしかない。
「ガイ!あれは多分、火が弱点!」
「なに!?」
「私に任せてほしい、でも近付く隙が必要!」
「聞きたいことがいくつもあるが…とにかく、わかったよ!隙を作れば良いんだな?」
「お願い!」
リシアは地面に両手を当てると、トカゲ魔獣の足元をいくつか地割れさせる。
トカゲ魔獣は足を取られ、ふらついた。
その隙にガイが渾身の力で魔獣の首筋に剣を突き刺す。
「ぐぎゃあああああああ!!」
トカゲ魔獣は絶叫してガイを振り落とそうと暴れた。
魔獣がガイに気を取られている隙にリシアもガイと同じように魔獣の背に組み付くと、ガイが作った傷跡に思いっきり、短剣を突き立てた。
「がっ…!!ぎゅわああああああ!!」
火属性が付与された短剣が燃えるように震え、トカゲ魔獣は今日一番の絶叫のあとドサッと倒れた。
ガイもリシアも振り落とされたが、先に着地したガイがリシアを受け止める。
「ありがとう」
「いや。…リシア、」
「ガイ、トドメ刺せる?」
「…ああ、そうだな」
ガイは魔獣に向き直ると、胸元の魔石に触れた。すると彼の身体がぼんやりとした光に包まれた。
彼の紺色の髪がキラキラと反射して輝いているように見え、いっそ幻想的だ。
「わ…」
美しい光景にリシアが思わず目を奪われていると、ガイはその状態のまま淡々と、剣でトカゲ魔獣の首元を斬りつける。
トカゲ魔獣はビクッと震えた後絶命し、その体はボロボロと崩れて消えていった。
魔獣に刺さりっぱなしだったリシアの短剣がぽとりと落ち、ガイはそれを拾うとリシアの元に戻ってくる。
「…終わったね。ありがとう、ガイ」
「こちらこそ。で、色々と聞きたいことがあるが…まずは手当しよう」
トカゲから振り落とされた際、鱗に引っ掛けてリシアの腕には切り傷ができていた。
「あとでミリシャにやってもらうから、大丈夫」
「鱗にも毒があったらどうする。手遅れになるぞ」
「それは確かに…」
「ちょっと待ってろ」
ガイは持ち歩いていた荷物をとってくるとそこから水筒を出し、傷をしっかり洗って包帯を巻いてくれた。