⑪ 結局避けられませんでした
「改めて、自己紹介しようか。俺はガイ。フレンの旅に同行することになった、王国騎士団第二隊副隊長の騎士だ。よろしくな」
「…リシアです。リシア・ルヴァ。フレンの幼馴染で、王宮魔術師試験のために、フレンと一緒に王都に来ていました」
「ミリシャ・ウィンターです!リシアさんには王都で知らない人に襲われていたところを助けてもらって、それからしばらく宿に泊まらせてもらったり、お世話になっていました」
「ミリシャか!俺はフレン。フレン・シャールだ。よろしくな」
王都に戻った一行は、警報の件を報告するべく王宮に招かれ、その一室で改めて自己紹介をしていた。
軽く名乗りあったところで、ガイがリシアに目を向ける。
「堅苦しいのは面倒なんで、年齢とか関係なく気楽に話そう。で、俺はリシアに会ったことがある」
「えっ?」
「フレンが来た日。街でぶつかった」
「あ、ああ!そう、だっけ?そういえば」
「覚えてなかったか?」
「えーっと、うん…あれから色々あって怒涛の日々だったから、忘れちゃってた。ごめんなさい」
「いや、良いんだ。一瞬だったからな」
ガイはやはり、ゲームと同じでパーティーメンバーになったようだ。だが、何というか隙のない態度で、こちらを値踏みというか、観察するような目で見ている気がする。ゲーム内ではお兄ちゃんポジションでそんなキャラではなかったはずだが、どうにも落ち着かない。
街でぶつかったことももちろん覚えていたが、何となく面倒な気配がしたので、忘れたことにした。
「色々あって怒涛の日々って、私のせいですよね…」
「え?ああ、ふふ、そうかも。でも楽しかったから、悪い意味じゃないよ」
「リシアさん…!」
「へえ、二人は仲がいいんだな!」
「はい!リシアさんには困ってたところを助けてもらって…!」
ミリシャはそこからリシアとの馴れ初め?を興奮気味に話した。多少、いや大分ミリシャ視点で脚色されており、その度リシアはミリシャを宥める必要があった。
「だから、今日お別れするのはとても寂しいと思っていたんです。でもまさか魔獣に襲われて、しかもリシアさんが助けに来てくれるなんて…」
「ミリシャが行った方向で魔獣が出たなんて聞いたら、放っておけないでしょ」
「リシアさん…本当に有難うございました」
ミリシャが瞳をうるませてリシアを見つめる。
「しかし、リシアは相当な魔法の使い手なんだな。複数の属性魔法を同時発動していたし、戦い方も手慣れていて、まるで訓練した戦士のようだった」
「だろ!?リシアは俺とずっと修行してきたんだ。魔法に関しては俺よりもずっと、リシアの方が手練だ。何なら剣術でも、結構俺リシアに負けてるからな!」
「ちょ、フレン。誇張しないでよ!」
「してないよ。事実だろ?」
「今はフレンのほうが強いでしょ。というか…あのさ。二人共、見てたの?」
ガイの話しぶりからすると、リシアの戦いを見ていたことになる。そんな悠長なことをせず、さっさと助けてほしかった。
リシアがじとりと二人を睨むと、ガイはニコリと笑った後すっと視線を逸し、フレンは慌てて弁解を始めた。
「いや、ぼんやり見てたわけじゃないよ!ガイはさ、遠見ができるんだ」
「遠見?」
「少し離れたところでも魔力を飛ばして見ることができるんだ。実際に見るほどはっきりは見えないが、多少の様子がわかる」
「魔獣が出たって聞いて、ガイに遠見してもらったんだよ。そしたらリシアを見つけたんだ」
遠見。そんなスキル、あっただろうか。少なくともリシアは知らなかった。
「すごい便利な能力だね」
「まあ役には立つよ。そういう諸々を含めて、俺がフレンのお目付け役になったわけだ」
「なるほど」
「俺としてはリシアの惚れ惚れする戦いぶりが見れて良かった。この能力に感謝だよ」
「そこまで言われるほどすごくはないと思う…」
ガイがやたら持ち上げてくるし、フレンもミリシャもウンウン頷いている。やめてくれ。
「フレン、ガイ。早速の魔獣討伐、ご苦労だったな」
「!陛下」
雑談していると急に部屋の扉が開き、壮年の男性が入室してきた。
素人目でも質が良いとひと目で分かる衣装に、華美ではないが豪華な装飾品。そしてその立ち居振る舞い。数人の側近と思われる男性を従えて入ってきた彼は、誰がどう見ても只者ではなかった。
(これが国王陛下…)
当然現実で見るのは初めてだ。
時間が来たら謁見の間に呼ばれると思っていたので、国王自らがここまで足を運んで来たことに、リシアは驚いた。
慌てて立ち上がった一行に声をかけ、全員で着席すると、国王は口を開いた。
「大方の状況はすでに報告を聞いている。皆、無事で何よりだ。市民の被害も無かったようだな。フレン、初めての討伐だったが、どうだった?」
「陛下。正直なところ、俺はトドメを刺したのみで、ほとんどのことはここにいるリシアの手柄です」
「…!?」
リシアは思わず目を見開いて向かいに座るフレンを見た。彼は意気揚々と語る。
「リシアは俺の幼馴染で、王都へは王宮魔術師になるために一緒に来ていました。今までは別行動でしたが、友人のミリシャを助けるため、魔獣と戦っていたそうです。俺が到着した時には、かなりの深手を追わせていました」
「ふむ。そうか。リシア嬢、素晴らしい能力があるのだな」
「い、いえ、陛下。私は何とか逃げようとしていただけで、フレンが来なければ死んでおりました」
「いえ、陛下。リシア嬢にはかなりの戦闘能力があります。恐らく私の部下でも、数人まとめて束でも相手にできるかと」
「…!?で、できませんよ!?」
「なるほど、そうか」
フレンとガイがなぜかやたらとリシアを持ち上げるため、リシアは慌てて否定する。しかし国王の手前、あまり必死になって反論もできず、リシアは口をパクパクと開け締めすることしかできない。
「私もリシアさんに命を救われました!とてもすごい方なのです!」
「み、ミリシャ落ち着いて…ミリシャこそ、私の怪我を治してくれたでしょ?」
「私の回復魔法なんて、足元にも及びません!」
「ほぉ、そなたが報告にあった、回復魔法の使い手なのだな」
国王は感心したようにミリシャを見て、しばらくするとウンウンと頷いた。
「リシア嬢、ミリシャ嬢。そなた達は非常に優秀な能力を持っていると理解した。知っての通り、フレンにはこれから瘴気を封じる任務に出てもらうが、諸々の事情があり同行は今のところガイだけだ。どうだ?二人もフレンを助けてやってくれないか」
「「え!?」」
リシアとミリシャは揃って声を上げた。
ミリシャの表情は純粋に驚きに見えるが、リシアはもはや顔面蒼白だ。
(まずいまずい、このままじゃ私も一緒に行くことになる)
リシアは震える唇を無理やり動かし、目の前で鷹揚に座る国王に向かって発言する。
「お、畏れながら陛下、私にはそんな実力はございません。足手まといになるだけかと」
「ガイは我が騎士団でも優秀な騎士だ。そのガイが言うのだから、そなたの実力は折り紙付きだろう」
「で、ですが…、その、私には王宮魔術師になるという目標があります。次の試験を受けるつもりでしたし、旅に出るわけには…」
「なんだ、そんなことか。それなら、フレンとの旅を無事終えて戻った暁には、王宮魔術師としてそなたを登用しよう」
「え」
「通常の試験よりも難しいことを任せるのだ。それくらいの待遇は当然、必要だろう」
「え、え」
国王はどうだ嬉しいだろうと言わんばかりの表情だ。
リシアは目を泳がせて退路を探す。しかし、うまい言い訳が見つからない。
この国の価値観で言えば、フレンとの旅に同行することは名誉なことだと言える。それほど光魔法の使い手というものは貴重で、瘴気や魔獣と戦うことは立派な行いなのだ。まあ、このまま放っておけば被害が拡大して国の存亡も危ぶまれるのだから、当然だろう。
そんな名誉で立派な任務を達成したら、それこそ大きなご褒美があるのは当然で、就職の斡旋くらいむしろ当たり前だ。瘴気封じの旅という経歴があれば、試験を受けていないと謗られることもまずないだろう。
だからここまで言われて、断るというのは至難の業だ。
例えば体質とか、家族の問題とか?いやでも、リシアの全てはフレンにバレているのだ。変な嘘はつけない。
リシアが嫌な汗をかいていると、無言のリシアに何かを察したのか、ミリシャが口を開いた。
「…えっと、あの、私も一応目的地がありまして…東の港町アスクラに行きたいんです」
「それも問題ない。フレン達に今依頼している任務は、東の山脈に発生したと思われる瘴気を封じることだ。方向も一緒だ、好都合だろう」
「えっと、そ、それなら、…大丈夫です。ご迷惑でなければ…」
「そうかそうか、よく言ってくれた」
国王は満足そうに頷く。
普通に考えて、ミリシャには断れないだろう。田舎者のリシアには王様も貴族も住む世界の違う人々だったが、身分制度のある国に生まれて、彼らに逆らうことがそれなりに怖いことだということくらいは分かっている。その国王直々の提案なのだ。むしろ断ろうとしているリシアがすごい。自分でも思う。
これで、リシア以外のメンバーは揃ったことになる。
「して、リシア嬢はどうだ?待遇に不満があるなら、善処しよう」
「い、いえ…その」
国のトップにここまで言われて、断れるだろうか。リシアは二、三度息を吸って吐いてを繰り返し、結局絞り出すように言った。
「…光栄に、ございます。謹んでお受けいたします」
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