⑨ 警報
そして数日後。
リシアはミリシャとともに、王都の東門に向かって歩いていた。
「まさかこんなに順調にいくなんて、思いませんでした。本当に、リシアさんのおかげです!」
「気にしないで。私としても家事をやってもらえて、助かっていたし」
ミリシャが王都で見つけた仕事というのは、露店を出している商人の売り子だった。
この世界では、大きな街ではよく露店市が開催されている。その街に店を持っていなくても、流れの商人が許可を得て数日お店を出せるシステムだ。
ミリシャを雇った商人はおじいさんで、どうやら若い女の子を表に立たせて集客を狙ったらしい。確かにミリシャはヒロインなだけあって、可愛い。細い体躯に出るところは出ているスタイル。くるくると変わる愛らしい表情。薄桃色の髪に、髪と同じ色の大きな瞳。小動物のように庇護欲をそそる雰囲気。
結果、店は繁盛したらしい。
ミリシャも思ったよりもお給料をもらえたと、とても喜んでいた。
リシアは結局ミリシャにずっと、宿を提供し続けた。日雇いで給料をもらっていても、毎日王都で宿に泊まっていたらこの先の旅費など貯まらないからだ。
幸いリシアの宿代は国が負担してくれている。追加でひとり泊めることについては、少額の追加費用で済んだので、貯めていた旅費をまるっと使わずに王都まで来れたリシアにとってはそこまでの負担でもない。数日のことだし、そこは思い切ることにした。
そしてこの日、ついにある程度の旅費が貯まったということで、リシアは出発するミリシャを見送りにきている。
「私、旅の目的を果たしたら、また王都に戻ってきますから。その時に沢山恩返しさせてくださいね」
「うん、ありがとうね」
正直、リシアがいつまで王都にいるかは不明だ。仮に王宮魔術師になれた場合でも、配属がどこになるかで住む場所も変わるだろうし。
それでも、ミリシャがこうやって慕ってくれるのは嬉しかった。数日一緒に過ごせば、情も湧く。それに、ミリシャは何というか、いい子なのだ。ちょっと天然だが一所懸命だし、もし妹がいたらこんな感じなのかなと、何度も考えてしまったくらいだ。
他愛もない会話をしていると、目の前に東門が見えてきた。ミリシャはここから次の町へと出発する。
「じゃあミリシャ、気を付けて。元気でね」
「はいっ!…うう、リシアさん、また会えますよね…?」
「生きていれば、きっとね」
「ぐすっ…はい!」
この世界にスマホはもちろんない。電話はあるにはあるが、個人で持ち歩くようなものではない。
なので、別れは前世の時よりもずっと大きな意味を持つ。もう一度会える保証は、どこにもないのだ。
何度も振り返りながら手を振るミリシャを見送り、その姿が見えなくなる頃、リシアは宿への道を歩き出した。
(…ミリシャはこのあと、フレンに出会うのだろうか)
ゲームのストーリーでは、ミリシャはこのあと魔獣に襲われ、フレンに出会う。
でもこんな王都のすぐ側で魔獣が出たという話は全く聞かない。フレンが今どうしているかもわからないので、この後彼らがストーリー通りの生き方をするのかは、分からなかった。
「…ううん。とにかく、私はもうストーリーから外れたわけだし。もう関わりようがないんだから、自分の人生に集中しないと」
自分に言い聞かせるように呟きながら歩いていると、突然、ガァン!!ガァン!!という、耳を塞ぎたくなるような、激しく鐘を打ち鳴らすような音が聞こえてきた。
「なっ何!?」
リシアが飛び上がって驚くと、周囲にいた人も同じように驚いて叫び声を上げたり、転んだりしている。
「これは…!」
「警報だ!!」
「警報!?なんのだ!?」
「獣の大群とか魔獣とか、そういう危険が王都に迫ってるってことだよ!!とにかく、皆建物に入れ!!」
「ええっ!?」
「魔獣!?」
道行く旅人らしき人が店先に飛び出してきた店主に話を聞いている。彼らの会話から、リシアもこの警報が何かを理解した。
「ま、魔獣…!」
人々は慌てふためいて手近な店や建物に逃げ込んでいく。一体どんな敵が来ているのか分からない以上、リシアもどこかに逃げ込むべきだ。
「魔獣…」
警報が鳴り響く。リシアは思わず、今来た道、…東門の方を、振り返った。
「お嬢ちゃん!!何してるんだい、早く入りな!!」
先程の店主が突っ立っているリシアに声を掛けてくれている。
そうだ、逃げないと。こんなところにいて、巻き添えを食らったら大変だ。
(…巻き添えを食らったら…)
ミリシャは先程、東門を出たばかりだ。
周囲にフレンの姿はまだなかった。
(ううん、大丈夫よ。きっとこれから出会うんだ。出会いイベントだもん、むしろ邪魔しちゃ駄目でしょ)
リシアは脳内にゲームのイベントを思い浮かべる。
こんなに王都に近い場所ではなかったが、襲われたミリシャを助けるフレン。貴重な回復魔法使いだと喜び、一緒に旅する仲間になる。
でも、そうだ。こんなに王都に近くなかった。
「…ああ、もうっ!!」
「ちょ、お嬢ちゃん!?どこ行くんだい!?」
「友達が東門にいるんです!見てきます!」
「おいこら、よしなさい!!」
店主が止める声にも振り向かず、リシアは走り出す。
(無事かどうか、確認するだけ。フレンがいればそれでいいし、もしいなかったら…)
リシアは鳴り響く警報の中、必死に東門への道を駆け抜けた。