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8月2日(1)

全国的に連日30度を超える猛暑日が続き、雨も降らないので今年は水不足が心配されるとニュースが言っていた。猛暑の攻撃力はまだまだ、勢いを失わないらしい。

世間のニュースは衝撃的な政治家暗殺から選挙をすっ飛ばして、政治と宗教の関係一色である。


優希と咲夜を連れて、秋生は朝っぱらから愛車を運転していた。

近所の町医者の健闘も虚しく、結局咲夜の発熱の原因は分からず終い。今日は紹介してもらった大学病院で精密検査であり、両親揃って検査に付きそう所存である。


「アレクさん、アニソンを懸けて下さい」


もう3週間も発熱が続き、食欲もなく弱りきっている咲夜に少しでもテンションを上げてもらいたい。

Bluetoothでカーオーディオに繋げたスマホに向かって、秋生は、そんな細やかな願いを申し立て祀っていた。アプリに。


正直、美味しいものを食べさせるくらいしか「誰かを元気づける方法」を知らない彼にとって、これから「大病院で検査」という人生初の未知なるイベントに立ち向かう勇気を与える方法が分からなかった秋生の思いつきだ。

それでもアニソンを選択する52歳のセンスについては別途、議論の余地が有る。


「そこ、お願いするとこ?」


今日は解熱剤が効いているのかもしれない。

背中まであるストレートロングの黒髪をヘアゴムで後ろに纏めていた咲夜が吹き出す。今日のコーデが、デニムパンツとTシャツで洒落っ気が無いのは、服の脱ぎ着し安くさを優先したのだろう。


「やっぱ『ハートキャッチ』が歴代最高傑作ですな」


秋生でも判るハートキャッチの前期エンディングの、軽快なイントロが流れ始めた。丁度信号待ちなので、咲夜に話を振ってみる。

ちなみに「歴代最高」と通ぶって言っているが、既に10年近くそのシリーズ作品は見ていない。そもそも咲夜が小学生の頃、一緒に見ていただけの秋生にこの作品を語る資格は皆無であるが、何時もの軽口には誰も突っ込まない。


「作画崩壊しないし、芸風もメッセージもブレてない。評価は良いって、友達が言ってます」

「ほほう。って、最近のはブレてんの?」

「最初の頃は戦いも殴る蹴るだったけど、炎上したみたい。最近は謎ビームで笑顔で昇天、痛みは有りません。見てないから知らんけど」


咲夜も打てば響く程度には嗜んでいた。血と英才教育の賜物と言える会話がリレーを繋ぐ。

なお、助手席の優希は話が分からず眠そうだ。と言うか既に眠っている。乗車5分で眠れるのはある種の才能だが、話に乗り遅れて船を漕ぐとは如何なものか。


「咲夜、ハートキャッチのメッセージって何なんよ?」

「誰にでも悩みはある、的な感じだったかな」

「悩みが有るからハートをキャッチ。どこのカルト宗教かな?」

「いや、子供向けだし」

「不穏な隠しメッセージが有るとは」

「毎回メッセージは有るよ。最近だと、子育てとか医療従事者に感謝とかって」

「急に重量級のメッセージをぶっ込んで来やがった」

「あはは、絶対に客層が気付がないやつよねー」

「ちなみに今やってるシリーズのメッセージは何?」

「食べ物?デザートじゃなくてご飯らしいよ。キャラはセンターが米で、パンと麺の3色」

「完全にネタ切れしてんじゃん!主役の白飯に比べて、パンと麺の持つバリエーションの可能性が果てしない」

「熱々ご飯で元気100倍的な決め台詞だって」

「チキショー、やなせ先生に謝りやがれ!」


最近めっきり元気が無かったので、咲夜と他愛もない話が出来るのも久しぶりである。そのまま曲を聞いてアニメのタイトルを当たるクイズに興じる女子大生とオッサン。いっそこのままドライブと洒落込みたい位には嬉しく感じていたが、残念ながら6曲目が何のアニメか判明する前には目的地に到着してしまった。


玄関で二人を降ろした秋生は、少し離れた駐車場にひとり車を回す。歩くのも辛そうな咲夜の負担を出来るだけ減らしたいとの考えが80%、残る20%は病院に入る前の一服と言う下心である。駐車券を握りしめて二人を追いかけると、合流した優希の表情は硬かった。


「車止めれた?」

「うん。これ駐車券、持っといて。咲夜は今は何中?」

「受付は終わって、まず血液検査の為の採血中。そんでCT、MRI、あと何だっけ?午後から診察があって多分最後がペットなんとか?」

「ペットが何かは分からんが、可愛い子ネコに関係が無さそうな事は理解出来る。つまり、先は長そう」

「咲ちゃんがしんどいよねぇ。ここ、フリーWIFI飛んでるよ。これ、IDとパスワード」


壁のポスターに書いてある設定を見ながら、優希はスマホを弄っていた。猛暑日の為か、院内もそこそこ蒸し暑い。

待つしか出来ないが病院内に他の居場所も無く、付添の役割的に脱出する事も憚られる。病人だらけの環境では会話も弾まない。

もしここで「ペット何とか」をググれば、医者の疑っている病気の正体に近づけた可能性もあるのだが、残念ながら二人はスルーした。

秋生もWIFI設定を済ませ、二人して無言でスマホを弄り、ただ検査が進むのを待っていた。


***


駐車券の入庫時刻を見ると、入庫から既に5時間が経過していた。今は3人して「婦人科」で診察待ちをしている所である。

ここに来て秋生は、とても居心地が悪かった。

彼が一生掛けてもお世話になる可能性が極めて低いと思われる、「婦人科」と「産婦人科」が、この病院では並んで配置されており、現在待機中のこの1フロアを占めている。


『産』の持つ一文字の威力が半端無い。

印象的には 「婦人科」と「産☆婦人科」くらいの落差が感じられる、衝撃の一文字であった。


産婦人科で待っている人たちは皆幸せそうだ。優しい目で小さな命を抱いている。ここには、父ビギナーであろう男性の姿も散見している。

一方、隣の婦人科は何かを患った人だけが挑むとされる迷宮である。深刻な表情の女性しかいない。

お隣に展開されている幸せ領域と比べるとテンションのギャップが酷い。


加えて殆どが年齢層高めの患者さんばかりで、咲夜の様な年代は見当たらない。勿論、男性は皆無である事は言うまでも無い。


「優希、優希。聞いてくれ、凄いぞ、大発見だ。1字違いで大違いだ」

「何が?」

「ハケに毛が有り、ハゲに毛が無い」

「何ちゅう事言うの。いきなりどしたん?」

「いや、周りがね。女性だらけだし、隣の小さき者達とのギャップがね。ここに俺が居ても良いと思う?」

「聞いてみるよ」


優希が今の会話で察してくれたのだろう。受付で聞いてくれた。


「良いみたい。ご両親とも中でお待ち下さいって」

「そっか。咲夜、何か要る?お腹減らない?」

「お茶ー」


咲夜はスマホから目を上げ、ボトルを受け取った。検査疲れも有るのだろうが、朝の様なテンションは既に無い様だ。そうこうする内に看護師から声が掛けられる。


「佐藤咲夜さーん、どうぞー」

「やっと呼ばれたね」


疲れはしたが、長らく悩ませた発熱の原因がやっと判明する。

推理小説の解決編の様な期待と共に、行列の出来る名店に入店する気分で診察室の扉をノックした。


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