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7月1日

はじめまして。

はじめました。

連日の最高気温は30度を超え、蝉の鳴き声が日に日に増してきた月初め。3回目のワクチン接種を受ける為、石神井公園まで来た彼は、駅前を吹き抜ける熱風による攻撃を受け甚大な被害に完全なる敗北を喫していた。


彼の名は佐藤秋生、52歳でホタル族の愛煙家。タバコは日に1箱までと定めた上で、税込み小売価格が1000円を超えるまでは禁煙しないと決めている。

好きなものはコーヒー。ドリップなら3分、サイフォンなら1分と淹れる時間(蒸らしを含む)を定めてはいるが、ドリップよりサイフォンを好む。

アルコールランプの炎とフラスコを登っていく様子を眺めるのが、秋生にとっての癒やしである。

他に趣味と言える趣味は読書くらい。なお、本人曰くアニメはあくまで嗜む程度であり趣味にまでは昇格していない。


妻の優希と、今年の春に大学生になった娘の咲夜の3人暮らしをしている。

仕事は都内でIT系エンジニア、ソフトもハードも開発出来ることが、彼の技術者としての細やかな矜持である。


つまりは、控えめな表現でオブラートに包んで平たく言えば、何処にでも居る冴えないオッサンである。


「折角会社を休んでるのに、日陰も無ければ、喫煙所も無い。全ては円安とコロナとプーチンと与党が悪い。」


過分に容疑者が多い彼の弁だが、たった今の状況に関しては完全に冤罪であり告訴は棄却されるに違いない。秋生は本来なら4月に打つはずの3回目ワクチン摂取を3ヶ月遅れで打つべく、荒野を進む勇者の如く、灼熱の石神井公園を接種会場に向けて絶賛行軍中である。


勿論、全ての結果に理由が在る様に、3ヶ月の遅れにも背景と理由が存在する。

咲夜の大学進学に伴い「娘の通学」と「自分の通勤」が両立出来る便利な場所ということで練馬に引っ越したのは春の事だ。ちょっとだけ、ほんの少し先っちょだけ過保護気味な優希の強い希望ではあるが、秋生も住所に頓着はしていないので、家庭内議会に於ける西武池袋線と大江戸線の兼用案は満場一致で可決した。


一方、東京では其々の区が接種券発行を管理しているが、運悪く接種時期に区を跨いで引越しをしてしまったが為に、秋生は御年52歳にして「接種券迷子」という新しいジャンルのポジションを開拓するに至ったのである。

勿論、ちゃんと調べれば引越し先の練馬区は接種券の再発行を郵送対応で出来るのは言う迄も無い。つまり再発行手続きを面倒臭がった事が3ヶ月経過した原因であり、練馬区にも円安にも全く罪はないのである。


状況を要約すると、ここ2年控えていた海外出張が新型コロナの状況が落ち着いた為に2週間後に迫っており、已む無く重い腰を上げたに過ぎない。

なお、今日は会社を休んでいるので週末と合わせて3連休、完全にワクチンシフトである。副反応にビビっている事は言う迄も無い。


「今月は毎週どこかに出張かぁ。」


手始めが来週月曜から1泊2日で国内出張なので、副反応が長引かない事を祈りながらハンドタオルで汗を拭いた。幾ら顔を拭った所で、汗でびしょ濡れになったマスクの不快感は拭う事が出来ないが、彼が今現在抱いている最大の不満は彼が一人で歩いている事にある。


ワクチン摂取の1回目と2回目は仲良く家族全員で行き、帰り道にはドライブと洒落込んで外食に舌鼓を打ったものである。

それなのに3回目の今回は、予約が咲夜の予定に合わず、優希は「咲夜と一緒に行くわ」と早々に宣言してしまった。男女比の割合から基本的に絶対的過半数を獲得できない家庭内野党の戦いは、常に孤独であった。




このお話は、そんな彼のどうってこと無い日常で幕を開ける。


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