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第七話『諦めでできた平和』

「うう、少しずつ虫が増えてる……。もうすっかり春だもんなあ」


 うっそうとした茂みに舗装された通学路を歩きながら、梓は苦笑いを浮かべる。少しずつここの環境にも慣れてきたつもりではあったが、それでも苦手なものは苦手だった。


『人類が滅んでも昆虫は生存する』なんて通説は三十年以上前から存在していたものらしいが、いろんな常識が変わった今でもそれは健在だ。虫たちは人類の変化なんて気にせず、今日も今日とて気ままに生存していた。


 その自由さには憧れるが、虫そのものになりたいかと言えば梓は首をぶんぶんと横に振るだろう。自由の代償は弱肉強食の理だし、それから守ってくれる誰かはいない。魔獣の襲来によって人間も弱肉強食の法則に放り込まれて久しいが、そこは明確な違いだと思えた。


 それがあれば、たとえ梓が弱くても他の強い誰かが助けてくれる。それは素晴らしいシステムなのだろうが、ただそれだけのことだと諦めたくないのが今の梓なわけで。……自分のうちに眠るその考え方を掘り起こしてくれたのは、他ならぬ裕哉だった。


「……それにしても、どうするつもりなんだろ」


『悪い、今日は一人で通学する』というチャットだけを残して、裕哉は梓よりも先に学園へと向かってしまった。その感じを見るに何かを思いついたみたいだが、果たしてそれがどこまで効果を発揮してくれるのか。梓的には期待半分、不安が半分と言ったところだ。


「あいつ、時々とんでもないことしでかすからなあ……」


 裕哉を生徒会長まで押し上げた要素が何かと聞かれれば、梓は間違いなくその独創性にあると答える。魔力量で圧倒的に勝っている早希や真央を超えて生徒会長という立場を得ているのだから、その才能は本物だと言わざるを得ないだろう。五段階評価で言うならば四弱しかない魔力量でもこの学園の頂点に上り詰められるのだという希望を多くの生徒に与えたのが、松原裕哉という存在なのだ。


「幼少期はあたしのがうまく魔術を使えてたなんて言ったら、皆ひっくり返るんだろうけどね……」


 その記憶は自分でもおぼろげだから、それを断言してくれるのは裕哉だけなのだが。……だが、そこで交わした約束だけはしっかりと覚えている。


「……あれを、裕哉は今も守ってくれてるんだね」


 梓だけでなく、もっと大きな人々を。血のにじむような努力で手に入れた力を、裕哉は今でも悠々とふるっている。それは梓にとってとても眩しくて、胸を張って自慢できる彼氏の晴れ姿だった。


「それに比べて、あたしは……なんてね」


 いつから魔術を上手く使えなくなったか、それはよく覚えていない――というより、思い出せないというほうが近いのかもしれない。その記憶と自分を繋ごうとすると、思考が暴走したかのような痛みが梓をさいなむのだ。だから今も、梓は訳が分からないままで立ち止まっている。その間も、裕哉は前に進んでいるというのに。


「……いつまでも、このままなのかな」


 裕哉の隣では気丈にふるまえるが、今この場に梓の気持ちを引き締めてくれるものはない。それが無ければ、こぼれてくるのは弱音ばかりだった。


『二人で』。そう、裕哉は力強く言ってくれた。それに応えられる何者かに、梓はなれるのだろうか。


「……いや、なるんだよ、あたしは。何今更疑ってるの」


 憧れは今でも眩しくて、気を抜けば目を背けてしまいそうになる。その感情をぐっと押し込めて、梓はそれと真正面から対峙し続けるのだ。……それが、今の梓にできる精一杯の努力だから。現実から逃げないことが、今の梓にできる最大限の抵抗だから――


「……皆、おはよー!」


 教室に足を踏み入れ、梓は笑顔で皆にあいさつする。時間ギリギリに登校したこともあってか、クラスに見慣れた顔がほぼほぼそろっていた。


「おお、今日もギリギリだなー」


「いつか遅刻するんじゃねえの?もうちょっと早起き癖付けろよなー」


「全部計画通りだからこれでいいの!あたしは規則正しい人間だからね」


 周囲の男子生徒から飛んでくるからかいにスンと鼻を鳴らしながら答えて、梓は自分の席に着く。旧文明の物をそのまま転用しているらしいその椅子は、その年季に反して意外と座り心地が良かった。旧文明もそれほど悪くなかったのかもしれないなと、梓は三十年前に思いをはせる。


「……おはよ、梓。今日も気合は十分?」


「うん、しっかり気合入ってるよ。負けないでいなきゃって、そう思える」


 窓から差し込む光を受けてグーッと伸びをしていると、隣の女子生徒が声をかけてくる。黒髪をかなり上の方で結んでいる彼女は、このクラスではもう珍しくなってしまった諦めていない存在だった。


「凛花もすごいよね、一時間目の後すぐに修行だーってしてたでしょ?そのモチベーションは見習わなくちゃ」


「いやいや、梓だってそれについてきてくれたじゃん。それがどれだけ私の支えになってくれてるか分からないよ」


 凛花と呼ばれた女子生徒は、梓の賞賛に対して照れくさそうに頭を掻く。その後ろで結ばれた髪がゆらゆらと揺れているのを、梓はぼんやりと見つめていた。


 このクラスで、未だにクラス替えを狙っている生徒はもう片手の指に収まるくらいしかいない。最初は皆巻き返しを誓っていたはずなのに、その数はみるみるうちに減っていってしまった。……凛花の姿が無ければ、梓だってそうなっていたかもしれなかった。


「……梓、どうしたん?やっぱり寝坊してたの?」


「……ううん、ちょっと考え事してただけ。気になる事があってさ」


「梓が考え事?それはそれで怪しいなー……」


 まだ眠いんじゃないの? とこちらの顔をのぞき込んでくる凛花に対して、梓はゆるゆると首を横に振る。それを見てもまだいぶかしげな顔をしていたが、その会話はドアの開く音に遮られた。


「ほら、皆席に着く。もう始業時間ですよー」


 中肉中背、絵にかいたような中年男性と言った風貌の教師が、和気あいあいとしていた雰囲気を引き締めながら教壇に立つ。手に持ったファイルをもとに連絡事項を淡々と伝達していくその姿を、梓はうわの空で聞いていた。


――このクラスは、いたって平和だ。最下層だから荒れているなんてこともなく、クラス全体で取り組むべきことには皆全力で取り組む。いさかいなんてめったに起きないし、男女の隔たりもない。そんな理想的な場を作り上げているのは、やはりこのクラスが湛えている『諦め』の雰囲気によるものなのだろう。裕哉との会話を経て、梓はそれを否応なしに痛感していた。


 すっかり浸透してしまった空気を打破するのは、いかに裕哉の手腕があっても厳しいだろう。だからこそこの問題は根深くて、長い戦いになるというのが梓の見解なのだが――


「……これで連絡事項は最後……なのですが、今日はもう一つお知らせがあります」


「お知らせ……?」


 普段は聞きなれない言葉が教師から発されたのを見て、梓は今日初めて担任の顔を注視する。いつもくたびれたような表情をしているその顔が、今日は一段と疲れているように見えた。


「……なんと、このクラスに新たな仲間が加わることになりました。なんでこんなことになるんだか……いいですよ、入ってきてください」


 どこか投げやりな新加入者のアナウンスに、クラス全体が驚きにどよめく。それもそのはず、この最下層というのはいきなり人が増えるような場所でもないのだ。なんどもそれを覆すためのチャンスが与えられ、そのすべてをクリアできなかったものがようやく来る最後の場所こそ、このどうしようもない諦めに満ちた空間なわけで――


「……意外と快適な空間だな。旧時代の文明ってのも、やっぱり捨てたもんじゃない」


「……へ?」


 軽やかな足取りで教室に足を踏み入れ、あたりを見回して満足そうにうなずくその姿に、梓は思わず絶句する。その姿は、今までずっと隣で見てきたものだ。見間違えるはずがない。黒髪黒目で、梓より一回り大きいその上背。そして、いつも何かを考えているような、その表情―—


「裕哉、なんでここにっ⁉」


「……おー、梓。会いに来たぜ、こういう形で」


 驚きを抑えきれずに立ち上がる梓に対して、裕哉は軽く手を挙げて挨拶して見せるのだった。

次回から物語は大きく動いていきます!梓の前に現れた裕哉は果たしてどんな策を打ったのか、それがこの学園にどんな影響を与えていくのか!物語はここからが本番です!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!

――では、また次回お目にかかりましょう!

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