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第六話『誰もが望んだ学園生活、己が望む学園生活』

「……さて、派手な啖呵を切ったはいいものの」


 自室のベッドに寝転びながら、裕哉はぼんやりとスマホの液晶を見つめる。旧時代から引き継がれてきた文明の利器は、今やそれだけで生活のほぼすべてをつかさどれるほどの利便性を持ちつつあった。


「とはいえ、誰も知らないことを知ってる魔法の機械ってわけじゃねえんだよなあ……」


 スマホはあくまで誰かが知っている記録を適切な場所から適切に引き出してくれるだけの端末に過ぎない。まったく新しい取り組みを始めようという時には、中々に役に立たないものだった。


 なんとなく開いていた検索エンジンを閉じて、裕哉はふっと目を瞑る。あまりの疲労感に睡眠へと引きずり込まれそうになる中、その手に伝わったわずかな振動が裕哉を現実へと引き戻した。


『……何かいい策、思いついた? ちなみにあたしは全然……』


 メッセージアプリを開くと、今まで無数に繰り広げてきた会話の中に新たな話題が追加されていた。行き詰っていることを隠そうともしないその素直さに思わず笑みが漏れて、裕哉は指先をすいすいと動かす。


『いや、全然。……アドバイスしてもらったことはあるんだけど、それをどうやって現実にするかが全然浮かばねえんだ』


『アドバイス……?』


 裕哉の変身に首をかしげている梓の姿が、その短い文面だけで思い浮かぶ。そういえば、梓にはその話をしていなかったか。


『生徒会会計の鹿野真央っているだろ? アイツに少し助言してもらったんだよ。「生徒会として認めざるを得ないほどの活躍を最下層が見せつけることが出来れば、学園としても動かざるを得ない」ってな』


『なるほど……でも、今のあのクラスでそれが出来るかって言われると……微妙だなあ』


「……やっぱり、そうだよなあ……」


 梓からの返信に裕哉は思わず頭を抱え、ごろりと寝返りを打つ。大体推測できることではあったが、それを返信するのは失礼にあたるのでやめておくことにした。


『あそこにいるのは、可能性の持ち数を使い果たした者たちだ』という早希の主張が、今更のように裕哉の中でリフレインする。それはある意味では正論で、ある意味では間違っている。……少なくとも、そう言われた本人たちは、間違いだと思っていなければならなかった。


『あそこにいる人たちは皆優しくて、クラスの雰囲気もいいの。……だけどその前提には、諦めがあるんだと思う』


『……それは、重大な問題だな』


 いくら裕哉たちが火をつけようと奔走しても、肝心の薪たちがしけっているのでは火など起ころうはずもない。裕哉たちの目的を果たすには、まず梓を取り巻く環境を一新する必要がありそうだった。


『それは先生にも言えることでね、魔術のことに関してはもう教科書以外のことを教えてくれないの。おまけにコツとかも教えてくれないし、早めに切り上げることだってザラにあるんだ。それで空いた時間をどう使うかって聞かれたら、生活のための知識なんだからまいっちゃうよね』


『魔術師としての成長を、そもそも教師が諦めてるってことか』


 これが最下層の教師でなければ、その教師は一発で免職ものだろう。魔術師、あるいは魔術的技術職に携わる者の育成を主理念とする星火学園において、そのような行動は非難されるべきものだ。……ただ、最下層に限ってはその理念が適用されない。裕哉たちの常識は、あそこでは通用しない。


『あたしみたいに、まだ上に行くことを諦めたくないって子たちも多分いると思う。……だけど、力をつける場がないの。自主練だけで行ける場所には限界があるから、だんだんと皆諦めることを強制されちゃうの。……全生徒合同の試験がたまにあったりするから、余計にね』


『……そういえば、今日の一限がそうだったな』


『そうそう。裕哉たちが居なかったからなおさら一般生徒との差が際立っちゃって。普段なら生徒会長はすごいなあって見てればある程度現実逃避が出来るんだけどね』


 その文面は、痛ましかった。あの時あの場所にいられなかったことを、裕哉は今日初めて後悔した。少しでも長くあの場所にいようとした過去の自分をぶん殴ってやりたかった。……だが、そうしたところで何か利益が生めるわけでもない。この心の中で渦巻くやりきれない感情は、梓のための行動に変換するべきなのだ。


 思えば、裕哉は最下層の現状から目を背けていたのかもしれない。梓がそこにいることに納得はいかなかったけれど、それ以外の現状を何も見ようとしていなかったのかもしれない。……そこに漂う安寧の振りをした絶望を、裕哉はしっかりとらえることが出来ていたか。


『ごめん』


 その問いに自らノーを突き付けて、裕哉は一言だけ送信する。それはだれに求められた謝罪でもなく、まして梓に対しての謝罪というだけでもない。裕哉が今まで持っていた甘い考えを戒めるための、そして切り替えるための謝罪だった。


『大丈夫だよ、あたしもそんなことずっと話してこなかったし。裕哉の負担、少しでも増やしたくなかったから……なんてのは、言い訳だよね。あたしこそごめん』


『いや、謝らなくていい。むしろ感謝したいくらいだ。……やっと、覚悟が決められた気がする』


 梓の優しさは、裕哉を思ってのことだ。今まで裕哉は其の思いやりに甘えて、美しいものだけを見つめながら学園生活を送っていたのだ。学園では生徒会長として手腕を振るい、放課後になれば最愛の彼女と一緒に過ごせる。……ああ、それは誰もが望む理想の学園生活だ。それはきっと幸せで、夢のように充実した時間だ。だが、今の裕哉の望みでは、ない。


『俺は梓と一緒にいたいよ。放課後とか休日だけじゃなくて、学園にいる時も。今、そうする決心がついた』


 その方針が一つ決まるだけで、裕哉の中で急速に思考が深まっていく。今まで少し惜しいと思っていたものへの躊躇がなくなり、最も大切な人を一番尊重するための戦略が頭の中で少しずつ実像を帯びていく。……ちょうどよく、明日にも実行できそうな行動だった。


『楽しみにしててくれ。……俺は、きっと梓の想像を超えて見せる』


『……うん、楽しみにしてるね。だって裕哉は、あたしの自慢の彼氏だもん』


 そのメッセージを見届けて、裕哉は今考えついた作戦をもう一度脳内で吟味する。手放す者も多いが、得るものも多い。それに、これだけの手持ちを投げ打たなければ裕哉はこの挑戦の土俵に立つことも許されないだろう。そうしなければ、最下層を覆う現状は打破できない。


「……自慢の彼氏、か」


 明日になっても、梓は裕哉のことをそう呼んでくれるだろうか。きっとそうだと、裕哉は信じる。自分の立ち位置とか背負ってるものとか、そう言うものを見て梓は裕哉のことを判断しているわけではないはずだから。……裕哉を一番見ていてくれているのは、間違いなく彼女だから。


 それが確かな限り、裕哉の中の一番大切な部分は揺らがない。梓の視線があれば、きっと裕哉は何度でも自分自身を再定義できる。……その確信が、裕哉を後押ししてくれていた。


「……さあ、どうなることやら」


 裕哉が行動を起こした後の未来を軽く想像してみるが、とんとビジョンが見えてこない。きっと、真央ですらこの未来を推測するのは不可能だろう。裕哉が仕掛けるのは、そういう大博打なのだから。


「裕哉ー?ご飯、とっくにできてるわよー!」


「ああ悪い、今行く!」


 決心がつくのを待っていてくれたかのように、母親の声がドア越しに聞こえてくる。それに裕哉も大声で返すと、裕哉は食卓に向かって軽やかな足取りで歩いて行った。

次回、事態は大きく動いていきます!覚悟を固めた裕哉がどんな一手を見せてくれるのか、楽しみにしていただけると幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!

――では、また次回お目にかかりましょう!

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