第三十三話『観測者たち』
戦闘は裕哉たち四人の勝利で幕を閉じた。それは誰しもが予測していなかったひそかな逆襲の始まりで、定説が覆されるための第一歩だ。……だが、それを予測していた者が、ここに二人。
「……ふん。少しはやるみたいじゃないか」
「そりゃ松原先輩がバックにいるんですもん、負けてもらっちゃ困りますって。……いや―、それにしても」
その二人のうちの片割れ――鹿野真央が頭の後ろで腕を組みながら苦笑を浮かべる。その笑みの理由は、今隣で憮然とした表情を浮かべる薄青の少女の存在によるものだった。
「まさか会長もここに来ていたなんて……気になるって言ってくれれば最初から一緒にいたのに」
「私は私に預けられた仕事を全て片付けてからここに来た。最初から業務を放棄しているお前と一緒にされるのは心外なんだがな」
「……しれっととんでもないこと言ってる自覚、会長にはありますかね……?」
会長になったことでの引継ぎ仕事は決して少なくなかったはずだ。それを表情一つ変えずに『終わらせてきた』と宣言したことに、真央は背中に冷たいものを感じざるを得なかった。
「……ま、どうせ自覚はないのでそれは良いとして。……会長はこの戦いをどう見ました?」
「どうもこうもないな。裕哉ならこれくらいはやってのける、それだけの話だ」
「わあ、とんでもない高評価……。今回相手した先生、決して落ちこぼれてるからここにいるわけじゃないんですよ?」
もちろん人間的に頭が固い部分はあるが、それはどんな教師にも多かれ少なかれ言えてしまうことだ。魔術の腕という意味では彼は中の上程、最下層の彼らに実力差を示せる程度の力は持ち合わせていた。
「それがどうした。裕哉の強さはお前たちが言うようなそれに当てはまらない。初見殺しという意味では、この世界に裕哉の右に出る者はそういないのがその証明だろう」
「それもそうなんですよね……一回きりの戦闘という分野において、松原先輩の裏を掻ける人なんて私知りませんよ」
「……お前がそういうのならば、本当にいないのだろうな」
何せ一番裏を掻きそうな少女こそが鹿野真央という人間なのだから。『黒幕』などという称号を陰で得ている少女は伊達ではない――いや、真央からしたらその言葉は陰で言われたものですらないのだろうが。
「裕哉がいる以上、この戦いの勝利は必然だった。……ここに来たのは、ただの確認だ」
「……あ、それはダウトです。会長、松原先輩の顔が見れなくて寂しかったんでしょ」
その指摘に、二人の間に沈黙が落ちる。気まずい空気があたりに広がっていく中、顔を赤らめた早希がぽつりとこぼした。
「……私は、それほどまでにわかり易い人間なのだろうか」
「こと恋においては『はい』としか言えませんね。もともと予定が空いてたならともかく、たくさんあったはずの仕事を猛スピードで片付けてその物言いは少し苦しいですって」
「そうか……なら、お前はどうして業務を放ってここまで来ていたんだ?」
「私はただの好奇心からですよ。松原先輩の新しい一歩、これほどまでにワクワクすることもそうありませんって。恋愛感情からくるものじゃないし、会長と敵対するつもりはないんで安心してください」
その回答を聞き届けると、早希の全身から放たれていた殺気が収められる。いくら肝が太い自覚がある真央とは言え、その威圧感を全身に浴び続けるのは流石に堪えた。
「……ま、しょせんはまだまだ一歩目。ここから歩いて行けるかどうかは、運に恵まれるかどうかってところもあるでしょうけど。……無視していい案件では、ないですよね」
「当然だ。万が一のことが起きないように、手はしっかりと打っておくさ。私たちが考える最悪の一手をしっかりと打ってくるのが、松原裕哉という戦士の常套手段だからな」
「……松原先輩への認識が一致しているようで、私としては何よりですよ」
だからこそ、裕哉を敵に回すことはしたくないのだ。ともすれば、謀略を用いた搦め手すら用いてくる真央より、遥かに。単純なパワーでは誰の追随も許さない早希よりも、ずっと。
最初の戦いを乗り越えた四人は、喜びに声を弾ませている。その影で暗躍するモノたちの存在は、しかしまだ誰も知る由はなかった。
ということで、次回からまた新しい展開へと向かっていきます!果たして裕哉たちに待ち受ける次の壁は何なのか、楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また次回お目にかかりましょう!