第十六話『嵐の予感』
「……さて、ここからどうしたもんかな……」
うっそうとした門をくぐりながら、裕哉は三人の実力に思いを巡らせる。決して弱くはないけれど、飛び抜けて強いかと聞かれれば口をつぐまざるを得ないのが現状の今、どうにかして三人には自分のスタイルを確立していってほしい。その思いは伝えたが、どれだけ形として出てきてくれるかどうか。
「……いや、それを形にするのが俺の役割だもんな……気張っていかねえと」
大体プランは見えたと言ってみたものの、そのビジョンには大事なものが欠けている。……これから先の証明をしていくうえで一番大事な勝利の瞬間、その光景だけ、まだ裕哉の脳内には描けていなかった。
「……いや、アイツらなら勝てる。そこは揺らがねえよ」
その未来は裕哉が保証する――いや、この手で現実にする。そこを信じなければ、裕哉の逆襲は何も始まらないのだから。
「そのために、明日からの特訓は……」
自分がたどってきた修練の記憶を思い返しながら、三人に最適なメニューを見つけ出そうと裕哉は思案する。裕哉がたどってきた修練の歴史は自らの限界とぶつかってきたものの積み重ねであり、それに出会うたびに見つけ出してきた抜け道の記憶だ。……その中から、今使えるものを選び出さなければ。
「……随分となやましげですね、松原先輩?」
「おう、なんせ今俺に向けられているのはとんでもない難問だからな……って」
突然聞こえてきたのは、もうしばらく聞くことは無いと思っていた後輩の声。会長の時の癖なのか自然に返事をしてしまったが、そこには居るはずのない存在だった。
「なんか最近の俺、校門でよく待たれてるな……。俺に用があってきたんだろ?」
「ま、そんなところですね。最高の一手を打ってくれた先輩に、それなりの誠意を示そうと思いまして」
頭を掻きながら、裕哉は自らを待っていた少女―—鹿野真央にそう話を切り出す。裕哉の推測が正しいなら、そこに立っているのは生徒会役員としてではない真央―—彼女曰く裏の姿のはずだった。
「そいつはありがたいな。……霧島、怒ってたか?」
「ええ、そりゃもう。今は何とか切り替えられてますが、いつまた爆発するか分からないでしょうね。……もたもたしてはいられないと思いますよ?」
「わーってるよ。アイツは途中で投げ出すとか、そういう中途半端な奴を一番嫌うからな」
彼女の言葉を借りるならば、まだまだあった可能性の持ち数を全てどぶ川へと投げ捨てたようなものだろうか。……自分を唯一越えていた存在がそんな形で退場すれば、それは怒りを買って当然というものだろう。
「あー、確かにそうなんですけど……先輩、まさかホントに気付いてないんですか?」
「……何にだ?」
真央にしては珍しい抽象的な問いに、裕哉は思わず首をかしげる。他にも何か原因があったかと考えていると、真央のため息がそれを遮った。
「まったく、先輩って人はどうして霧島先輩にだけ鈍いんですかね……一応聡明で通ってる生徒会長でしたよね?」
「その噂については知らねえけど……今は霧島の怒りに関わってる場合じゃねえ、悪いな」
「その点に関してはお気になさらず。……さて、世間話はここまでにしておきましょうか」
「そうだな。現生徒会副会長が最底辺と長く会話しているのを見られるのもアレだろ?」
「ま、そんなところでしょうか。この遭遇自体計算済みのことですし、見られて厄介な人はもう全員引き払ってはいるんですけどね」
それでも、計算できない変数ってのはいつでもある物ですから――と。
こともなげにそう言ってのけて、真央はあたりを見回す。この場をセットアップして見せたその頭脳は、誰にもまねできない武器だった。
「……そこまでしてきたからには、そこそこ有用な情報があるとみていいんだよな?」
「もちろん。さっき、霧島先輩がぶちぎれているという話はしましたよね?」
「ああ。……正直、想像がつかねえ」
早希の怒りは静かなものであるという印象が強い。そんな彼女をして、ぶちぎれたという表現が一番適切な状態―—正確に表現するのならば、想像したくないというのが本音だろうか。
「……まあ、そんなわけでですね。先輩は元会長の動きを阻害するつもりは今のところないようです。……ですが、いずれは介入してくるでしょう。それが生徒会として、不自然でないタイミングで」
「俺の間違いを正しに……ってことか」
「はい。……だから、あなたの証明の、戦いのゴールは霧島先輩を超えることです。あふれんばかりの才能と境遇で、今まで得てきた可能性をすべて活かしてきた彼女を、最下層の彼らとともにあなたは超える必要がある」
「……それは、中々に胃もたれしそうな条件だな」
「そうですよね。……だけど、だからこそ面白い。学園をひっくり返す物語がこれなら、それくらいのイベントがあった方が楽しいと思いませんか?」
そう言って、真央はにいっと頬を釣り上げる。そのとても楽しそうな笑みの下に隠れた真意を、裕哉は読み取れなかった。
「……お前は、どっちの味方なんだ?」
「面白そうな方の味方ですよ。……少なくとも、今のわたしはね」
そう言うと、真央は跳ねるようにして裕哉と距離を取る。一瞬感じた不気味さは、もうどこかに消え失せていた。
「それじゃあ、わたしはこれで。……頑張ってくださいね、先輩?」
そう遺して、真央は通学路をずんずん進んでいく。……その後ろ姿を、裕哉はぼんやりと見送っていた。
鹿野真央という人物がこの物語でどんな役割を果たしてくるのか、そこにも注目していただけると嬉しいです。何を仕組んでいるのか、どこまで彼女の手のひらの上なのか……ある意味裏主人公ともいえるかも?もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!ツイッターのフォローも是非お願いします!
――では、また次回お目にかかりましょう!