その五
紗奈の動きには目を見張るものがあった。ここひと月の俺との生活では、その片鱗をみせることが
なかったが、やはり勇者だった。いや、だからこそ連れてきたわけだったが、改めて思い出した。
この戦いが始まってから、俺の目は紗奈から離れることは一度もなかった。
ギドウェアの多彩なく攻撃を防ぎきり、それを上回る速さで、切って捨てた。
素晴らしい…。これだ、これこそが戦いだ。ギドウェアを蹂躙する紗奈の一挙手一投足に俺は目を奪われていた。
ああ、また戦いたい。あの、初めて戦ったときのように…。あれこそがロードが言う、
尊い戦い。
…そう思っていた時期が俺にもあった。
なんだ、この部屋は…。
一面に俺の写真が飾られている。天井にも壁にも床にも。
確かに自由にしていいと言ったのは俺だ。それに捕虜とはいて客人待遇で連れてきたのは俺だ。
だが…。
『紗奈、うまいよ…』『紗奈、うまいよ…』『紗奈、うまいよ…』『紗奈、うまいよ…』
与えた部屋の片づけの様子を見に来た俺が目にしたのは、繰り返される俺の声を流しながら、
ニヤニヤしながら、荷物を詰めている紗奈だった…。
紗奈は、しばらく俺を凝視していた。
「どうしたの?手伝いにきてくれたの?」
しかし、紗奈は内心動揺している俺に対して平常であった。勇者だからなのか、それとも人とはこういうものなのだろうか。
「…手伝おうと思ってな…。」
「王様なのに優しいんだね。でも大丈夫だよ。」
「…まあ荷物は少なそうなんだが…」
アレはいいのか。俺の写真を部屋一面に貼っているところを他人、それも本人に見られるというのは、恥ずかしいことではないのだろうか。なんでこんなに平然としているのだろう。
捕虜となったことで、精神がやられてしまっていたのだろうか。少し心配になった。
「本当に大丈夫か?」
しかし、紗奈は俺の心情など気にする様子もなく、笑顔で返してきた。
「大丈夫。オリバーに囲まれて、オリバーに囁かれながら片付けてるから捗ってる、もう少しだけかかりそうだけど」
「!?」
この状況を当然のように流しただと。部屋がこんな風に魔改造されているのに、俺は、全く気付いていなかったが、これを単なるリフォームだとでも言うのか?確かにここは最前線。敵対している相手の周りに囲まれて、身の危険を感じるときも確かにあったのだろう。
だが…、それにしても…。これは…ちょっと。
「ところで、紗奈、その…俺の写真や声はいつ撮ったのだ?」
「ああ、私の能力だよ?相手の姿を写真にすること、音声を記録し、再生できる。」
「…能力?」
何だその能力は。もし秘密を目的で潜入されていたら全てが筒抜けになる能力。それをこんな風に使うだと…?ちょっと背中に嫌な汗が流れる…。
紗奈は、何ごともなかったかのように、きょとんとした顔をしていた。
「じゃ、天井の写真をはがすのを手伝ってもらっていいかな。向こうでも貼りたいから、丁寧にはがしてね。」
「お、おう…。」
至高の戦士、さっきまでそう思ってたのだが、一瞬で俺の脳内が考えることをやめてしまったようだ。
「まあ、王様が捕虜の部屋を片付けるってのもなかなかない経験でしょ。」
違う。そこではない。俺が動揺しているのは別のところだ。
「ああ、行ってくる。」「ああ、行ってくる。」「ああ、行ってくる。」「ああ、行ってくる。」
紗奈は、また違う俺の声を再生して、ニヤニヤしている。まるで、大好物を目の前にしたような…恍惚な表情を浮かべているように見えた。
「そうだ、忘れていた。」
「ど、どうしたんだ?」
「ちょっと言って欲しい言葉があるんだっ」
普段の微笑に戻った紗奈が居た。なんという切り替えの早さだ。また、紗奈の知らない一面を知った気がする。
「…あのですね。」
不安だ。俺の戦士の予感が警告を鳴らす。聞くべきではない。きっと後悔する。悪い予感しかしない。
「このメス豚め。そう言って欲しいんだ」
固まった俺に容赦なく紗奈が追い打ちをかける。
「…一人で眠れないときにね。聞くと寝れそうな気がして…。」
何だ。一瞬、何かいいことを聞かされたような気がしたが、勘違いだ。なあ、ロード。教えてくれ。
人に詳しい、あんたなら知っているんだろう。撤退したら、城に謁見に向かうわけだが、
俺はこれも報告しないといけないのか?
「そしたら、オリバーも気兼ねなく、戦地に迎えるでしょ?捕虜は逃げずに居ると思うと。」
この女に、俺は初めて畏怖した。