2st:天使とロボット
軽く、体を動かしてみる。
「ん、大丈夫そうだな」
そいつは安心したように言った。
体が思うように動く。故障していた箇所が完璧に直っている。
これは、あの金色の火花がか。
身体が清々しい。
「ひひひ。いーじゃんいーじゃん。あとは、・・・・そうだな。その身なりもどうにかしなきゃな。アタシはどうでもいいけど、それじゃあ、な。お前もあとあと困るだろうし」
俺が呆然としている間に、ひーは自分の右指から金の炎を灯し、目が自然と留まるような優美な動きで俺の服を灯した。
瞬間、俺の着ていた見るも無様な服は、目に光をいれられるような、黒を基調としたシンプルで美しい服に仕上がっていた。
「・・・これは?」
「セーフク」
「なんで?」
「シュミ」
「・・・・・・・・・へえ。アンタ、ほんとに天使なの?」
「・・まぁ」
思わず驚嘆の声をあげた俺に、奴は気のない声をあげた。さっきと違って変な感じがした。
「ふぅん・・・」
・・・何かあるな。
少し気になったけど、聞かないことにした。誰にだって聞かれたくない事があるだろう。俺と同じように。
ていうかめんどくさいかんけーない義理ないしこんなやつ。
「・・・・・・そうだ、あんたの名前は?」
この流れなら、忘れていたが当初の俺の問いに答えるかもしれない。なんとなくそう思って俺は奴に聞いた。
「ぇ?名前?」
なんでそこで俺に問うの。
「アンタの名前」
「アタシ?あー、アタシは・・・・・・・・・」
もう一度言ってみたら、そいつは自分の名を言うのを躊躇した。
言いたくないのか。変な奴。
「じゃあ俺が付けてあげようか?」
めんどくさいからそう言った。相手の呼び名がないのは結構辛い。言いたくない事を言わせるのは、もっと辛い。という名のめんどくさい。
「なくこともない事もねーけど、・・・・・・うん。付けて、アタシの名前」
・・・あっさりな。いいのかね。自分の名前をそんな簡単に。まあ俺もどうでもいいけど。てか俺から言ったんだけど。
「うん、・・・じゃあ、ひ」
「・・・・・・・・・は?」
「ひ」
適当にイメージでつけてみた。
「嫌がらせっスか?」
「まぁ」
適当だよ。
「ひど。アタシ超親切したのに」
「でも下心ありでしょ」
「・・・ありゃお。ばれてた」
心底驚いたように『ひ』は言った。
分からないわけないでしょ。こんな俺に声をかけてさ。こんな俺に。
「俺を動かせるようにしてくれてありがと。おかげで人間達に復讐を思えるようになった。するべきだと思えた。その感謝の印として、ひーの下心に付き合ってあげるよ」
俺は踏ん切りをつけて言った。
例え利用するために俺の体を直したとしても、少しくらい付き合ってやってもいいかなって思った。
一度死んだ身だった。もう一度死んだ気で生きてみてもいい。
例えまた利用されるものとしても。どうせ死んでるんだ。
それに、こいつはどうやら、人間じゃないらしいし。
「そいつぁ嬉しい。じゃあ早速、あるところに行ってもらおうかね」
俺の傲慢にひーは傲慢に返した。
「ある所って?」
「過去」
「・・・過去?」
またこいつは何を言ってるんだろう。
でも天使だと言うこいつならと、思ってしまう今の俺もどうかしてるか。
「過去。さらに言うと、向日葵の前世」
「前世?そんなのあるの?」
「まぁな。同じ魂がある所のほうが過去へ送りやすいし」
前世。なんて。到底信じられる事じゃないけど。
まあいいか。とりあえず受け入れていこう。というより気にしないでいこうか。
「・・・・・・ふぅん。何、そこで俺はどうすればいいの」
「好きにすりゃあいい」
アバウトな。勝手な。
「・・・・・・何させようとしてるか知らないけど、この機械の体を生き返らせる、動かす事ができても、この思い、・・・俺は多分、人間達を憎んでいる。だけど、俺は所詮ロボットでしかありえないから、人間達に対するこの思い以外の心は、俺には無理だよ。絶対。例え天使だって」
そんなことはないって知りながらも、俺は言った。
「感情なんてありえない」
俺には少ないけど、感情というものがあるらしい。そして、また芽生えつつある。今の時間の9割はこいつのせいだ。
でも認めたくない。こんな、人間みたいなもの。でも確かに存在してしまう。この感情というものが。
できれば何も感じず過ごしていたい。他のロボットのように。
ひーはそんな頑なな俺を見て、目を細めた。さびた鉄とコンクリートが組み込まれた天井に手をかざし、仰ぐ。
上を仰いだその金色の瞳は、もっと、天井の先を眺めているよう。
「・・・・・・・・・天使だって、ねぇ。そうさね。天使は大抵の事はなんでもできる。・・・・・・心さえ。かつての空の者達は、皆してそう思って、でもそれじゃあ下の者達のためにはならないと思い、迷う者へは答えへの道を、過つ者へは制裁を与え、下界の者達を導いていた」
「・・・何言ってんの」
「まぁ聞いてろって。・・・・・・だが、神々が住まう天界に、地獄界へ封じ込めたはずの『サタン』が、天界への復讐を果たしに戦争を仕掛けてきた。んで、結果は・・・・天界の勝ち」
天界とやらの、歴史、か?
俺は、ひーがその話しをしている時、悲しげに目を閉じていたのに気づかなかった。
きっとコンクリと鉄骨の天井なんてひーが仰いでたから、気づかなかったんだ。
いや、それを気づかれないために天を仰いでたんだ、ひーは。
俺が気づいたとしても、何もできないけど。もう、終わったことだったから。それは。現に俺は気づかなかった。
「んで、そのあとどうなったと思う?」
そこでひーは話をきり、俺に続きを問うた。
「知らない」
「ノリの悪い奴だな。いいか?そのあとはな、めでたしめでたしではなかったんだよ。めでたしだったら、今の地球はこんなんじゃねーからな」
・・・それって。
「ちょっと待ってよ。今の汚れた地球があるのは、そのサタンのせいだっていうの?」
こいつは、この世界があるのは、そのサタン故だと言っている?
ひーは俺の問いに「さぁな」と答えた。
「さぁなって、どういう事」
ひーは何を言いたい?
「そのサタンってのが天界に喧嘩売らなければ、ここは平和だったの?」
この世界が苦しいのは、別の世界の戦争のせいだと?
ひーは何も答えない。
そんなひーに俺はひとつ沈黙を置いた。俺は息を飲んだ。何かが脳に流れこんでくるのを感じた。
「っ・・・・・例えそうだとしたら、俺はサタンを恨むよ?人間がロボットを創らなければ、俺は生まれないで済んだ・・・・」
苦しくて、このわけのわからない濁流を遮る。息が切れそうになる。呼吸器官がうまく作動しない。何故か胸がバクバクと叫びだす。
ひーはそんな俺に一瞬だけ目を見遣り、フイと目を逸らした。俺に背を向ける。
「それは多分ねーよ。もともと人間は弱い生き物だったんだ。けど、まさか、己だけの欲だけで己達の故郷まで壊すとは天界でも思わなかった。そう思って天界は暫らく下界をほっといといてサタンとの戦争に臨んでたんだけど、・・・まあ実際、それ所じゃなかったんだけど・・・。ともかく、勝ったはした、・・が、下界はもう見た通り。再び天使送ろうにも手遅れ」
それで終わった。何もかも。それがこの世界。
ひーは言外にそう含んでいた。
俺もひーも、何も話さなかった。
ひーはころころと歩き出す。ガラクタを足で弄ぶ。ひー達は今まで、そんな風に人間達を扱っていたのかなと、頭の片隅で思った。上から眺めて、その流れを造って。 ただの酔狂だったんじゃって。いや、自分達の優越のために、生き物を操っていたんじゃないかって。人間が動物で実験をするように。
じゃないと、すすんでそんな事をする理由がわからない。
決め付けた憤りが、俺を包んでいく。
「そうそう。向日葵、」
今まで俺に背を背けていたひーが、くるりと俺に振り向いた。
「こんな説を知ってるか?この世界の、『宇宙人と人類の成長についての関連性』っちゅう論文」
「・・・知らない。何それ」
ようやっと声を出す。正直もう何も喋りたくなかった。
「どっかのじーさんが説いた奴でよ」と前置きし、ひーは語り始めた。
「『大空を越えるあの大宇宙には、数えきれない程の星がある。数千億万の何倍か。はたまたそれ以上か。その中で生命が活動できる星は数十万分の一だという。なら何故、我々は別の星の宇宙人に会えないのか。・・・それは、その宇宙人も我々同様技術が急速に発達し、それが裏目にでて、自らをも滅ぼしてしまったのではないだろうか。私はこう思う。宇宙人も、我々と同じく愚か者なのではないだろうか。―簡潔に詳しく言おう。世界の終旋は、約100年の急速な発展によるものといえるのだろう』って奴。・・くくく、宇宙人を引き合いに出すなんて面白いよな。まあいないこともないんだろうけど」
ひーは一人で笑った。それはまるで自嘲のようだったんだ。
「ねえ、なんであんた達は人間を、下の者達を・・・見守って、いたの?」
俺は思い切って聞いてみた。軽くイラつきながら言ったのが伝わったと思う。
ひーは軽く目を見開いた。少し考えてひーは言った。
「・・・そうだな。多分、愛しいんだと思う」
「愛しい?」
「子供みたいなもんなんだよ。あるいは、生き別れの兄弟?」
「なにそれ」
「・・昔は、上も下も一緒だったんだじゃないか。けど、何かのきっかけで別れちまった。アタシもよく知んねーけど、これは天界の一部だけが知ってる歴史だ。だから、アタシ達は一緒だ。・・・親父は、そう言っていた」
ひーの言うことはよくわからなかった。
ひーは一緒だと言った。
何が?何と?
再び沈黙が包む。
俺は俺で色々と、考えてみる。ひーの話しを聞いて、俺の事を。
俺は何を考えているんだろう。
これから何をするべきなんだろう。
・・・いや、俺は何をしたいんだろう。
「愚か・・・。ひー。僕の前世とやらがいる世界は、今から何年前なの?」
「んー、確か、230年位前か」
「・・・230年。人類が地下に移り住むようになった年は、確か50年前・・・。『世界の終旋』とやらの、まだ、先・・。まだ、間に合う」
「・・・・・・・・・ああ」
だったら。・・・決めた。
仕方がないけど、動きたくないけど、やらなければならないと思うことがあるから。
だから動くしかない。
「ひー。俺が過去に行けば、歴史は変えられるの?」
「・・・・・・わからない」
何かを深く考えるように、だが諦めにも似た感情をのせてひーは言った。
「そんな。天使なんだろ?なんでわからない?」
思わず意地が悪い言い方をしてしまった。自分でも吃驚した。なんでだろう。何かが溢れ出てきて、とまらない。
俺の黒ぐろとしたモノは、ひーには、伝わらなかった。
「・・・・・・けど、きっと、それは無理だ。歴史を変えることは禁忌だと、初代の時の神『クロノス』と初代の大天使『ミカエル』等が、この世界の創造主が共に定めたという。禁忌を犯した者は身体的な苦痛と、ある酷な目にあう。・・・・・・例え、その禁を犯して歴史を変えたとしても、きっとそれは微々たるもんだ。ここの、・・・・・・未来は、救えない」
ひーの瞳は、空っぽだった。まるで、空っぽにしないと生きていけないような、俺のこの感情に向かう事ができないような、そんな、
「愚かだから?人が愚かだから、この世界は救えないというの?」
瞳にイラついた。わかんないけど。多分、俺もそうだからだと思う。同じだろうと思う。俺の瞳と。こいつの瞳は。
でもひーは同じだった。同じように言った。
「そうじゃねー。これは運命だからだよ。生くとし生ける者には必ず死が存在する。それは長い間生きすぎると、必ず道を踏み間違えるから。必ず、大切な事を忘れる。故に個人個人に見合う天命が存在する。天使だって同じだ。ただ、地上の者達より少し長く生きるようにできているだけ。種別においても同じ。世界にのさぼり傲慢になった種別も、いずれ滅びが訪れる。そういうもんなんだ。・・・・・・運命、なんだよ」
そんな事で、諦めてる。俺も、諦めていたの?
・・・・いたんだ。俺も諦めていたんだ。何もできなかった。運命だと。かっこつけて。
かっこよくなかった。今のひーには、光も羽もなかった。見れなかった。自分にも、何も無いんだろうな。
そう思った。思ったら、ふつふつと、何かが俺の心に現れてきた。・・・やっと。俺はこれが欲しかったのか。欲しくて欲しくてやまなかったものか。ただそれだけをバカみたいに思った。なんでそうなるんだろう。なんでこれがこんな気持ちにさせるんだろう。俺はただそれに、疑問と共に身を任せた。
「じゃあなんで、俺を過去にとばすなんて言ったの?」
「安全だからだよ。ここよりは。ここは危ない。むこうはまだ、大丈夫だから」
「安全?ばかばかしい。そんな訳ないでしょ?これからこんな世界になる過去に、安全なんて言葉あるわけないでしょ?運命ね・・・・。フン。諦めるものか。アンタは運命の一言で終わらせようとしてるだけだろ?アンタ達天使だって愚かじないか!!こんなになるまで世界を放っておいて!人が愚かで、それ故にこの星が滅びるかもしれないか位、予想出来たでだろっ、お前達天使も悪いじゃないか!」
「・・・・・・・・・・・・そうだな。ごめん」
あまりに一方的だった。自分でもわかってる。自分勝手なことを言ってるって。でも決意ができた。理由ができた。理由が欲しかった。
足元が固まった気がした。片足を踏み出したら、道ができる気がした。空っぽな俺に、何かがことりと音をたてて、隙間が埋まった気がした。まだ隙間は、空洞はいっぱいあるけど。あるけど、きっと。
「ちくしょう。なんでこんな事になってるのさ・・・・。なんでこんな目に遭わなきゃならないの・・・。なんでこんなに・・・、苦しい。なんでこんなに!俺は・・!」
「・・・・・・・・ごめん・・・」
今の俺は最低な奴だ。まだ弱いから。わかってる。自分でも。
でも、悪いね、ひー。俺が弱くて。八つ当たりなんて、幼稚なことをして。
でも強くなるから。強くなるために、強くなりたいから。だから今だけは、甘えさせて。あんたが俺を利用するというのなら。
俺は、叫んで嘆ける。
悲しい幸せだ。
ああ、でも、叫んで嘆くことも許されない絶望を、他の奴らは知っているんだろうか?
それの解放の喜びに、自己悲嘆に明け暮れ横着に過ごしている奴らに問いたくなった。そいつらは俺をおかしいと言うかもしれない。けど。
こいつももしかしたらそうかもしれない。
「・・前に進む」
前に進める。
「もうこんな目にあいたくないから」
「向日葵」
「あんたなんて知らない。俺は勝手に前に進んでくから。あんたみたいにはもうならないから」
何かできる。してやる。
・・・こんな悲しい瞳をする奴にも、こんな俺が何かをすることができるかもしれない。
「・・そうか。それでいい。あたしなんか気にすんな。・・やっぱお前は、・・・」
ひーは口をつぐんで何かを言った。声にはださなかったけど。何かを。
ひーに何かが光った気がした。気がしただけだけれど。
「さっさとアンタの用事済まそうか。前世、だっけ?」
「ああ」
「いいよ。行ってあげるよ。・・でもさ、何で俺を選んだの?俺より高性能でスクラップされたロボットなんて、そこら辺に一杯いるじゃない」
一つの疑問が思考をかすめる。
なぜひーは、俺を選んで、助けた?なぜ俺を、利用する?
やはり過去に、俺が思い出せないだけで、何か接点があったのだろうか?
「悪かったな。選んで、・・・・・・・いや、・・つ・・っ・・しま・・・・よ」
最後のひーの言葉がよく聞き取れなかった。
「え?今なんて言ったの?」
「ん、なんでもないよ」
ひーは軽く笑って言った。無理やりごまかしたようにも見えたけど。俺は軽く眉をひそめた。
ひーはまたそれをさらに誤魔化すように言葉を続けた。
「・・・ただ、もう一度。天使をやりたかったのかもしれねーなあ。優しさを落としたロボットに、優しさを拾って返してやる。うわ、アタシ超いい奴超天使」
「何それ。・・・・・・・・羽ないくせに」
「はは、返す言葉がねーな」
バカみたい。でも別に嫌じゃない。そんなことを思った自分を、俺もごまかすために苦し紛れに言葉を紡いだ。
「言っとくけど、これは半分俺の為でもあるんだからね。・・・もう、俺みたいなロボットを出さないために」
「それ、自分の為じゃねーじゃねーのかよ」
「・・・違うよ」
「まあなんでもいいさ。そういう心向きでいれば。・・・・・・・・・じゃあ、いいか?向日葵。行くぞ?心の準備はいいか?」
「う、うん」