09 同盟通信社
様々な人種の交差点と呼ばれるガウリーガリーの街。
長年続いた『バシレイオス戦乱』が収まった後も各種族間で折衝や交渉を絶え間なく続け、戦争行為が行われないようにと言う意志の元に作られたのが、このガウリーガリーの街。
戦乱が起こる前まではティティエ大陸の交易の最重要地点であったのだが、今はそれに外交最前線と言う付加価値が付いたのである。
『不可侵中立地帯の独立特区 ガウリーガリー』
一万人規模の大陸有数の巨大都市は、その人口のほとんどが交易商や荷役労働者や関連の運送業者などで占められており、広大な平野を開墾する農業従事者たちは都市周辺に点在する集落でささやかに暮らしていたのだが、外交都市に生まれ変わった途端にその都市の様相はガラリと変わった。都市人口のほとんどを占めていた人間種と肩を並べるように、様々な種族がこの街に流入して来たのだ。
魔族国家「バシレイオス」とエルフやホビットやドワーフなどの亜人連合、そして大小無数の人間国家の代表団がこの街に集まって、表向きは平和外交を推進させながらも裏では【敵】の情報を得るために工作員が暗躍する、情報戦の最前線と変わったのである。
こちらの世界で言うところの中世のような石造りの建物がずらりと並ぶ街並みを眺めながら、南北に縦断するメインストリートを北に足を進めると、ひときわ新しい建物がズラリと並ぶ新興住宅地にたどり着く。ガウリーガリーが物流都市から外交都市へと生まれ変わった証拠ーー各国の大使館や高等弁務官事務所などが立ち並ぶのがそれだ。
そして真新しい石畳みで作り上げられたそのエリアの南東角、一番端っこに建てられた三階建てのビルヂングに十七歳の少女フィナ・アルトーはいた。【同盟通信社】と言う看板が掲げられたそのビルにおいてフィナは、新人新聞記者として働いていたのである。
同盟通信社ーー正式名称は人類諸国同盟通信社。
魔族国家バシレイオスと亜人連合そして人間社会の三すくみは、トリニティと言う不動の勢力図となって今の世界を形成してはいるものの、こと人間社会においては未だ大小様々な国家が群雄割拠する脆さを呈しているのも確か。
正直なところバシレイオスや亜人連合に気を割いていられないと言うのが人間たちの本音であり、各国が出資して作られたのがこの同盟通信社。ーー様々な王国や共和国に向けて正確な情報を届けるのがその役割となったのである。
そしてこの同盟通信社ビルの一階、各国から送り込まれた記者と職員たちが詰める事務所の末席にフィナはいる。人類諸国の中でも小国の部類に入るジュステス王国から昨年送り込まれた二人目の記者、それが彼女であった。
今日は月曜日、週の初めである事から毎週恒例の全体会議が行われるのだが、二階の会議室が先週までの「どよん」とした淀んだ空気と違って活気に満ちながらも張り詰めている。
編集長のフォルカ・エックハルトを除く合計十人の記者たちは普段、エックハルトが会議室に現れるまでの間は週明けを呪うような眠そうな顔でそのほとんどが口を開く事すら惜しんでいるのだが、先週末から休日にかけて街に溢れた特ダネレベルのウワサに踊らされたのか、目を輝かせながらその真偽を記者同士で盛んに語って確かめていたのである。
ーー新たなバシレイオスが誕生したーー
ウワサの内容とはこれ。亜人連合や人類諸国にとっては新たな脅威となり得る情報であり、ティティエ大陸の今後が見えなくなるような恐るべきウワサであったのだ。
「バシレイオスの聖地で二代目が誕生した」
「南方の農民たちや通りかかった商人が目撃した」
「ガウリーガリーの街に向かっているらしい」
記者たちは持ち寄ったウワサを披露し合い、自分の情報にそれを補完しながら全体像を探っているのだがあくまでもこれはウワサ。ウワサの域を出ない眉唾な情報である事に間違いはないのだが、それでも議論を白熱させるには充分なほどの重大な価値がこのウワサにはある。
ーー七年前に亡くなった殺戮の魔王バシレイオス
二百年前に突如大陸に現れた魔族の頂点であり、魔王軍を率いてティティエ大陸の三分の二を手にしたのだが、突如撤退を始めた後にガウリーガリーを基点とした大陸三分割制度を主張して亜人と人間たちに生きる場を許した謎の魔王。
バシレイオス亡き後は魔族同士の権力闘争で弱体化したものの、今では上級魔族が貴族を名乗り、貴族の合議制による国家運営を行っているのだが……
「二代目バシレイオスが現れたとしてだ、貴族たちは素直にそれを認めるのか? 」
「もし二代目が大陸統一を掲げる可能性は? 」
「今の平和は打ち崩されるぞ、二代目の存在は危険だ」
まだ編集長も会議室に顔を出してはおらずなかなかに議論が尽きる事は無いのだが、会議室の末席に位置取る新参者のフィナはこれらの議論には参加せず、何やら自分の両手の上でうごめく小さな物体に向かってゴニョゴニョと語りかけている。
「……偉いなんてもんじゃないのよ。あのバシレイオスって名前が付くだけで、魔族は震え上がるのよ」
フィナの手のひらでうごめいているのは何とムササビ。彼女はムササビと会話していたのである。
「国の名前からしてバシレイオスでしょ、それだけ重要な人物って事よ」
語りかけるフィナへ返すようにキイキイと小さく叫ぶムササビ、周りの者たちには単なる小動物の叫び声でしかないのだが、彼女にはそれが意味ある言葉として伝わっているようだ。
「これから忙しくなるかも知れない。またジジにもお願い事増えるかもね」
ムササビが再びキキキと鳴き「私にお任せあれ」とばかりにやる気をアピール、手のひらを全力でクルクルと回り始めた。
フィナはその光景を楽しげに眺めながら、よろしくねと微笑みかけると、時を同じくして会議室の出入り口扉がバタン! と豪快に開く。いよいよ編集長の登場である。
「諸君、ちまたの噂はだいぶ耳に入ってるはずだし方向性も見えてるはずだ! とっとと会議を終わらせて存分に動いてもらうぞ! 」
会議室に赴く前に社主と打ち合わせを終わらせているのか、編集長フォルカ・エックハルトは活き活きとした目で記者たちに号令を飛ばしたのである。