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08 目指せガウリ―ガリ―



「ガウリーガリーの街まであと三日」


 エイジ・バシレイオスはその言葉を噛み締めながらロバの背に揺られ、彼の後ろに乗るイサベルは長い黒髪を揺らしながら、風が気持ち良いですねえと目を細めて旅を満喫。

 赤い大地リィガ、つまりバシレイオスの聖地にてエイジ生誕の地を離れて三週間、エイジたちは巨大な交易都市ガウリーガリーを目指していた。


 ーーリィガは半島の先端に位置する大陸最西端の地なのだが、この半島の付け根に戻り東の内陸側に進まないとティティエ大陸北半球部の様々な地に向かう事は出来ない。

 半島の奥にある大草原を抜けた先にある交易都市ガウリーガリーが起点となり、東には人間社会の大小国家が乱立し、北にはエルフやドワーフなどの亜人国家が北極圏まで伸び、そして西側には魔族国家『バシレイオス』がある。


 北は北極圏、南は南極圏にまで達するこの世界最大の大陸『ティティエ』。

 赤道を折り返し地点として南北に伸びる広大な地は熱帯に亜熱帯、温帯湿潤や寒冷地帯にタイガや極地が存在するのだが、交易都市ガウリーガリーが実は赤道に一番近い知的生命体コロニーの最南端。赤道直下の霊峰『マウナマス』と東西に伸びるその山脈が生命の南下を阻み、実質的な知的生命体の南端限界線となっていたのである。


 リィガの地で降臨し、そして世界を見たいと希望したエイジが本格的に旅に出るならば、つまりはガウリーガリーからスタートしなければならないのだ。


「この辺のなだらかな丘陵地帯はあちこちに清い湧き水が出ていると聞きます。見つけたら一休みしましょう」

「そうだね、ロバの鼻息がだいぶ荒くなって来てるし見つけたら休憩しよう」



 ーー二十四時間に縛られた生活は終わった。

 朝六時半に目覚まし時計が鳴り、朝食を胃に押し込んで通学。学校でイジメらるだけイジメられて下校時間が来れば、小遣いもないので寄り道もせずに施設に帰り、決められた就寝時間に電気が落とされる毎日。その生活が跡形も無く飛んでしまい、一日の行動全てを自分で管理する生活が始まったのである。


 管理された生活から自由な生活へ

 自由な生活と言っても現代人が拙速に思い描く『怠惰』とは全く地毛の違う自由であり、どう想いどう生きたかが重要となる自己責任の日々……

 エイジはバシレイオスの名にどれだけの重みがあるのかを知るため、二代目バシレイオスとしてデビューするのではなく、このティティエ大陸の世界をより多くを知ろうと旅人の道を選んだのである。

 イサベルが微笑みながら思う通りに生きろと言った事で、慌てて二代目バシレイオスの名前を背負う緊急性が無いと知ったのであった。



 陽もちょうど天井に差し掛かり、爽やかな風とは対照的に

 探し始めて半刻もしないうちにエイジ一行は小さな池を見付ける。池の底まではっきりと見えるような透明感抜群の池、その源流は遥か南にそびえるマウナマス山脈から地下を通じて流れて来た雪解け水であり、今もふつふつと湧き出るそれは虫や川魚すら近寄らない冷たくて清らかな水だ。


「ひゃああ! 冷たくて気持ち良い! 」


 池のほとりで水をすくって口に含む、、、

 煮沸した後のぬるい水や、臭いの残る川の水とは違い、雪解け水が地下浸透して湧き上がって来た水は実に美味く、その冷たさは喉と胃に清涼感をもたらしてくれる。


 予備も含めて水筒と言う水筒全部の中身を清水に入れ替えてタオルを濡らして身体を拭く。汗ばんでいた身体から不快感が消え、涼しげなそよ風が肌を通じて火照った体温を連れ去り、昼寝の誘惑がエイジを包み始めた。


「この周辺、あちこちにキャンプした跡があります。今日はここで一泊して英気を養うべきかも知れません」


 周辺警戒に出ていたイサベルが戻って来る。汗臭い自分の服を洗いながら、ロバも休ませたいしそれが良いかもねと答えていると、エイジの横をブワッ!っと風が横切って目の前の水面が激しく水音を立てた。ーーいきなり全裸になったイサベルが池に飛び込んだのだ


「エイジ、気持ち良いです! エイジも一緒に泳ぎましょう! 」

「俺泳ぎが苦手なんだ、後でゆっくり水浴びするよ」


 ブーイングしながらも無理強いはせず、イサベルはスイスイと泳ぎながら旅の汗を流し始める。可愛くてまん丸なお尻と背中が水面から浮いて見えるが、背中の黒い翼のタトゥー……それが堕天使の証なのだそうだ。


 イサベルの刺激的な裸体に興味深々ではあるが、今なら早く乾くからと、エイジは自分の衣類だけでなくブランケットなども洗い始める。


 ーーこの旅の途中イサベルから色々聞いた。この世界の事やバシレイオスの事、そしてイサベル自身の事。『英司』には信じられない事実の数々であったが、知的好奇心に飢えたエイジにとっては聞くもの見るものが全て新鮮であり、彼は嬉々として膨大な情報量を貪欲に受け入れていた。


 告白された内容によると、天界から追放された堕天使イサベルには、他者を不幸にする定めが宿ったのだと言う。

 少年を愛する罪かに対して罰として天界から墜とされたイサベル。天界の神々からの恩恵は受けられなくなったものの、ようは完全なる自由の身。自由きままにこの大陸で過ごせるようになったのだが、だからと言ってやりたい放題に生きていける訳では無かった。

 他者に対して恋愛感情を抱くのは自由なのだが、他者がイサベルに対して恋愛感情を抱き肉体的な接触を試みると、その者はあっという間に運が底をついて惨めな人生の果てに酷い死を迎えるのだそうだ。

 ざっくり言えば、イサベルがど真ん中ストレートな美しい少年を見付けて愛を囁くとする、そして少年がそれを受け入れてイサベルを愛したりすると、少年はあっという間にズタボロになって醜い死を迎えるのだ。

 つまり『美しい少年が好き』なイサベルにとって、美しいものが醜く変わり果てる最高の罰……彼女はそう言う十字架を背負い今を生きているのだと言う。

 なるほど、先代バシレイオスを最高の美少年と褒め称えながらも、彼を誘惑する事なく乙女のまま見詰めていたのには、そう言う理由があったのだ。



 (不老不死って聞いたけど、制約で縛られていて苦しくないのかな? バシレイオスにどんな未来を期待しているんだろ? )


 洗濯物もやっと終わり、エイジも水浴びしようと池のほとりへ

 浅瀬を狙って足を入れるその前に、乾いた喉を再び潤そうと何度も手で清水をすくっては美味そうに飲み込んでいると目の前に急にイサベルの姿が。エイジを驚かそうと潜って来たのか、いきなりザバァっと浮上したのである。


「あはは、びっくりしたよ」

「エイジも泳ぎますか? 私はそろそろ身体が冷えて来ましたので、、、」

「泳がないけど汗は流す。それにしてもこの湧き水は美味しいね、全然消毒薬臭くなくて」


 肩から上を水面に出すイサベルはニコニコとエイジを見詰めるもどこか上の空。

 池の底まで透き通っているので身体の線がはっきりと見えてしまい、目のやり場に困るエイジは視線を外しながら水を飲み続けるのだが、上の空でその場から動かないイサベルに何か気付いてハッ! っと手を止めた。


「イサベル? 」

「……はい? 」

「あの、もしかしてオシッコしてる? 」


 ブルブルッ……っと

 彼女は身体と首小さく左右に震わせるのだが、それはエイジの質問を否定を意味するジェスチャーではなかったらしい。


 エイジの手の隙間からこぼれ落ちる水

 硬直したエイジが何に気付いたのかを理解したイサベルは、頬を赤らめながら「すみません」と一言。その後身体を翻しながら身体が冷えちゃいましてねと小声で呟きながら、逃げるように対岸へと泳いで行った。




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