06 旅立ち ~自由と言う名の責任を抱き~
「俺は自由、俺は自由なんだ! 」
真っ赤な朝日が山々の稜線から顔を出し、大気中に舞う細かな砂が反映されたのか、空も台地も太陽も真っ赤に映えるリィガの台地に、エイジの解放感溢れる叫び声がそう轟いた。
翌日の朝、涼しい時間帯にこの地を離れようと考えたエイジとイザベルは暁の刻早々に目を覚まし、旅支度を整えて宿を出て、ドロコサの街を後にした。
日の出が見事な絶景があるーーイサベルの提案で小高い丘に登ったエイジが見た光景。その雄大な景色に思わず叫んだのがそれだったのである。
「上も下も赤い景色、毒々しい感じもするけど世界の広さを感じるよ」
「このリィガの地はバシレイオスの聖地と呼ばれてはいますが、それ以前は血の地獄と呼ばれていました」
「生き物の住みづらい真っ赤な世界か、でも昨日……俺の生誕の地になった」
「その通りにございます」
感慨深げに景色を眺める二人の間に割って入り、ぶるると鼻を鳴らすロバ。ここにいたところで何も無いし、移動するなら早く移動しようぜと促しているのだ。
「さて、これからどこに行くんだい? 」
「あら、エイジは今ほど叫びましたよ、俺は自由だと」
クスクスと笑うイサベル。移動する先や目的地が決まっているのだと思っていたエイジは、イサベルの言葉の意味が分からず目を白黒させている。
「我が主エイジ・バシレイオス、あなた様は自由なのです。どこに行くか、何をするのかはあなた様次第なのですよ」
「ちょ、ちょっと待って。だって俺は先代バシレイオスから呼ばれてこの世界へ来たんでしょ? 」
「はい、先代はあなた様を呼びましたよ。“好きに生きてみろ”と」
いきなり放り出された感覚が身体を突き抜け、戸惑いを隠せないエイジ。
イサベルに見捨てられた訳ではないのだろうが、二代目バシレイオスとしてどう生きるのかと言う気概を試されている様にも思えてしまい、言葉を選ぶ必要があるのかもと身構えてしまったのだ。
『二代目殺戮の魔王として、先代の悲願を達成する! 』
ーーあれ、悲願の内容って何だっけ? そういえばイサベルから聞いてないや
『先代バシレイオスが果たせなかったティティエ大陸の統一を果たす所存! 』
ーーいや違う。イサベルの話だと先代は大陸を三分割したって言ってたし
何が正解なのか分からずに、今更になって異世界転生の意味に想いを馳せ始める……。だがそれは完全なるエイジの杞憂であったのだ。
押し黙ったまま首をひねり、難しい顔で真剣に悩み続けるエイジの姿があまりにも可愛かったのか、イサベルは頬を朱に染めながら彼に近寄り両の手を握る。
「エイジ、思う通りに生きてください。先代バシレイオスが希望するのはその一点のみです」
「思う通りって何しても良いって事? 」
「はい、それこそ殺しに殺しまくって殺戮の大魔王を極めても良し、人間の妻をめとり農家として穏やかな一生を過ごしても良し、新天地を求めて冒険に明け暮れても良し。とにかく先代はあなたなりに満足の行く一生を過ごして欲しいと願っておりました」
「それで良いの? 何か制約があるのかなって思ったけど、本当に自由なの? 」
「あなたが悪の道を選ぼうが正義に目覚めようが全て自由です。そしてあなたが満足する一生を送れたかどうかを見守るのが私の役目にございます」
ーー理解はした。理解はしたけど何で俺が? 何故俺だけにそんな特権を? ーー
口には出さないがその疑問が沸々と湧いて来る。
自由だと言い渡されたのにそれでも表情の晴れないエイジを見て、イサベルもその疑問に気付いた。
「エイジ、七年前に先代は決めていました。病の床に伏せながらあなたを見て、そして選んだのです。“これほど激しくて切なくて綺麗な怒りは無い”と。獣の怒りに満ちた世界で、かくも純粋な怒りの炎は見た事が無いと」
「なるほど、だから俺なのか。……分かった受け入れるよ」
やっと納得したのか、曇っていたエイジの顔が晴れ上がり穏やかな表情へと戻る。
そしてイサベルはそんなエイジが「本当に自由なんだと」喜び勇む様を想像していたのだが、完全に予想は裏切られる。それも悪い意味での裏切りではなく、イサベルの全身に鳥肌が立ち彼女が二度と忘れない素晴らしい光景として、いつまでも記憶にとどまるような瞬間を見たのだ。
「イサベル、自由をありがとう。俺はこの自由を大切にしなきゃいけないんだ。だから軽はずみな思い付きで生きて行くんじゅなくて、自分のルールに従って責任持って生きるよ」
真顔でエイジがそう言い終えると、はにかみながらニコリと笑みを漏らす。美少年好きの堕天使にしてみれば腰砕けにならない訳が無い。
「きゃー! エイジ素敵です! 頬をスリスリさせて! 」
握っていた両手をグイと引いてエイジを抱き寄せる。だがイサベルの胸に埋まったのはエイジの頭ではなく別のもっと大きくてゴツいもの。ぶるるるる! と震える違和感が走ったのだ。
「ひいっ! 」
慌てて身を仰け反らせるとそこにはロバの顔が。いい加減腹も減って来たのか早く出発してくれと急かして来たのだ。
「ゴメンゴメン、もう出発するよ」
焦れて鼻息が荒くなっているロバの頬を撫でてやりながら、エイジはイサベルに振り向き旅立ちの合図とも言うべき宣言をする。いよいよスタートの号令だ。
「イサベル、俺は先ずこの世界がどんな世界なのか自分の目で確かめたい。ダークマターの力や俺がどう生きるかはその先の話、世界を見ない事には決められない」
「御意にございます、エイジの思うままにお進みください」
「イサベル、案内してくれるかい? 君がいてくれないと右も左も分からないんだ」
「地の果てまでも、いいえ地獄までもお供しましょう。さすがに天国は出入り禁止ですが」
行こうイサベル!
こうして二人はロバの背に乗り東に向かって進み始める。ーー目指すはまだ知らない世界、つまりは「ここ以外の全部」
世界中が彼を二代目のバシレイオスとは呼ばずに、エイジ・バシレイオスと呼ぶ伝説の時代が幕を開けたのだ。
◆ 序章 バシレイオスと言う名の意味
終わり