02 生誕、そして終焉の地にて
荒涼とした台地が朝焼けを浴びて、痩せた赤土を燃えるような血の色に変える。
乾燥しきった風が赤い砂埃を巻き上げれば空までも赤く映え、もしこの孤独の大地を見る者がいるならば、さながら世界の終焉の地を髣髴とさせるとでも言うのであろう。
その土地の名称は【リィガ】ーー赤道を挟んで南北に伸びる巨大な大陸「ティティエ」の北半球側において、最も西側に位置する丘陵地帯をリィガと呼ぶ。
もちろん、水の豊かな土地柄では無い事から人気の全く無い死に地であり、ティティエ大陸の北半球側西半分は魔物の生息域である事から、このリィガは魔物の支配地域であるはずなのだが、その魔物の姿すら無い。
水が無い、緑が無い、食料としての動物もいない……無い無い尽くしの貧乏臭いこの土地に、好んで棲み付くような魔物などいる訳が無いのだが、このリィガだけは別の一面を持っていた。
【殺戮の魔王バシレイオス生誕の地、そして魔王終焉の地】ーーここは、今は亡き恐怖の代名詞生誕の聖地であり墓所であったのだ。
「……う、ううん……」
その巨大なグレイブヤードで今、とある少年が目を覚ます。
起伏の激しい台地の何処かにある、開けた場所にぽつんと立つ石造りの真四角な建物……石室とも言って良い小さな祠の冷たい床で、少年は目を覚まして立ち上がったのだ。
「あれ? 俺は死んだんじゃないのか? 」
気が付いたように慌てて首筋を触る
ブタゴリラの家でガラス窓にぶん投げられ、首を切って完全に意識を失った。つまり自分は死んでいるはずなのだと傷跡を確かめたのだ。
「無い、切れた痕が無い。しかも俺……全裸だし」
背中に何かチクリチクリと小さな痛みを感じている事から、痛覚をおぼえるイコール俺は生きている理論を完成させてホッと一息。だが、だからと言って何も解決していない事に間違いは無く、今現在居る場所が理解不能。全裸で外に出るのもはばかる全てが詰みの状態。
はて? と首を傾げながら腕を組み、どうしたものやらと物想いに耽る……
するとまるで待ってましたとばかりに祠の入り口から人が入って来る。これぞ抜群のタイミングである。
だが祠の中に入って来たのは何と女性。全裸の大事な場所を見せてはいけないと身体をくねらせ死角を作るのだが、女性にはそれが野暮ったく見えるのか軽やかな笑顔で彼にこう語りかけたのだ。
「おお……。バシレイオスの名を継ぐ者よ、お目覚めになられたか」
目の前に現れた女性は少年をうっとりと見詰めながら傍らまで近付き、身じろぎする彼を前に片膝をつきながら頭を垂れる。そして自らをイサベル・ブーシェと名乗ったのだ。
「この日が来るのをどれだけ待ち侘びたか。新たなバシレイオスよ、私に道を示してください」
「イサベルさん、イサベルさん、泣かないでください。俺の名前は相良英司で……バ、バシレイオスって名前じゃないです。人違いですよ」
「いいえ、人違いではございません。龍の年、白銀の山の月の十六日に、あなた様がここに現れるとお告げがありました。今は亡き先代バシレイオスの予言です」
ーーだからあなたは、今からエイジ・バシレイオスを名乗り、先代の跡を継いで世に出るのです
雲を掴むような話に、エイジは混乱しきりのまま。
先代だか何だか、そのバシレイオスの名前を継いで何をやれば良いのかさっぱり分からないし、それよりも何よりも俺はこのまま裸でいなきゃいけないの? とか、イサベルさん泣くのは良いけど鼻水すっごい垂れてるよとか……セルフ修羅場で全く整理がつかないのだ。
「とにかく、俺の名前は相良英司で歳は十六歳の高校生なんです。イサベルさんの言うような……」
「いいえ、あなた様は間違い無く二代目殺戮の大魔王バシレイオスにございます。失礼ではありますが、先程あなた様の身体を調べさせて頂きました」
うら若き女性なのだが、その華奢な身体とは裏腹に視線だけで他者を射殺しそうな圧力が溢れるこの女性。イサベルと名乗ったこの女性をまじまじと見詰めたエイジはある事に気付くーーあれ?この人、人間じゃないのでは?と
艶やかで真っ黒なロングヘアーが腰まで下がり清楚な雰囲気を醸し出してはいるものの、だからと言って深窓の令嬢と言う儚げさとは全くの無縁で、並みの人間を遥かに凌ぐような意志の強さを感じ取れる。この異常なまでの肌の白さが印象的なイサベルを前に、エイジは抱いた違和感の答えに恐怖を覚えたのだ。
「あの……イサベルさん? 」
「はい」
「俺の身体を調べたそうですね? 」
「ええ、ええ! 」
「何を調べて、その、何が分かったんですか? 」
艶やかな黒髪に病的とも言えるほどの肌の白さで、まるでツートンカラーのようなイサベルはここで頬を赤く染める。
ーー龍の年、白銀の山の月の十六日、リィガに新たな魔人が誕生する。その者の名はエイジ、殺戮の魔王の刻印を身体に刻む新たなバシレイオスであるーー
先代バシレイオスの予言の一節をあらためて口上で述べると、イサベルは膝をついたままその両手を頬に当て上気する。気持ちが高まっているのが見え見えだ。
「エイジ様、エイジ様の背中に間違い無くバシレイオスの刻印、痣がございました」
「背中……どうりで背中にチクチク痛みが走る訳だ」
「その刻印、見た事も無い文字が描かれていますが間違い無く本物。先代の息吹きを感じます」
見えないエイジ様のためにと、イサベルは砂混じりの床を指でなぞり刻印の文字を再現する。するとそれを凝視していたエイジが何かに気付き驚愕する。そしてその内容に我慢出来ずについ情け無い声で叫んでしまったのだ。
「ば……し……れ……い……おす。ひらがなかよ! 」
「はい、間違い無くこの文字が描かれております。他にも刻印はあるかなと余計な気を回した私めは、エイジ様の両足を持ち上げたり、(ピーッ!)を引っ張ったり、うつ伏せにしてお尻を隅々まで拝見させて頂きましたが……ハァハァ」
(ひいいいい、何ヤダこの人怖い!)