01 プロローグ
ーー俺は人を殺したーー
人として機能出来ないほどに完全に人体を破壊した実感は無く、ブタゴリラの心臓が止まったり呼吸が止まったのを確認した訳じゃないのだが
確かに人を殺した……そう思っているし右手が実感している
何故これほどまでに、その結果にこだわるかと言えば、まず第一にブタゴリラが確実に死んだかどうかを俺が確認出来ないからだ。
そう、二度と確認は出来ない。あのブタゴリラの心臓が止まったのかどうかは二度と確認する事は出来ない。
何故ならば俺も死んだからだ
施設から盗み出した包丁を持ってブタゴリラの住むアパートに行ったあの日、俺も死を覚悟していた。
アオイ姉ちゃんの仇を討てれば後はもうどうなっても良いと思っていた。何故なら俺も殺人犯に仲間入りし、後々ロクでもない人生になるであろうから。
そこまで覚悟していた俺は、チャイムを鳴らして出て来たブタゴリラに容赦無かった。
秘密の話があると言って扉を閉じさせ、部屋に上がった瞬間に包丁を取り出していきなりブタゴリラの腹を刺した。
思いのほか腹筋と腹の脂肪が厚かったのか、包丁が半分も刺さらない内にブタゴリラが慌ててそれを手で払いのけたのだが、両手でしっかりと包丁を握った俺は渾身の力で再びブタゴリラの腹を刺した。
左手がつるりと抜けて包丁の刃にあたり、左手の指もポポポンと親指を残して飛んでしまったのが、それでも内蔵に達したと実感するほどに、深々と包丁を射し込んでやった。
だが、俺の決死の攻撃はそこで終わる
自分の腹を押さえながらギャアアと悲鳴を上げたブタゴリラは、渾身の力を込めて俺の髪の毛をむんずと掴み、部屋の外に向かってブン投げたのだ。
部屋の外にと言ってもベランダと屋内の間には当たり前の話大きな窓ガラスがあり、俺は窓ガラスに向かって放り投げられたと表現した方が良いのかも知れない。
そして頭に強烈な衝撃を受けたかと思うと、ガラスの割れた音と時を同じくして首筋に熱が走った。
窓ガラスに飛び込んだ俺は首の頸動脈を切ったのだと思うーー首にピンってピアノ線が切れたような弾けた感覚が走り、途端に首が焼けるように熱くなったと思ったら、そのまま目の前が真っ暗になったから。
多分、いや、そこで確実に死んだのだと思う
世界が真っ暗になったまま意識も失い、女性の声で『バシレイオス』の名前を耳にしながら次に目を覚ました時は、既に別の世界であるティティエ大陸の地に立っていたのだから
ーー佐良英司の回想