僕と父と秘密
今回は自分としてはかなり早いペースで投稿できました!
羽瀬君と別れた後、一旦僕は家に帰って荷物を置き、そのあと保育園に出向いて加奈を迎えに行った。
子供用に作られた小さな階段を登り、砂場で元気に遊んでいる子供の相手をしている先生に声をかける。
「すみません鈴華先生、遅くなりました。」
「あら雅人君!ちょっと待ってね、加奈ちゃん呼んでくるから。」
「はい」
彼女の名前は伊場 鈴華。妹のクラスを担当している先生だ。ちなみに僕も鈴華先生にお世話になっている。
(相変わらず美人だねぇ・・・・鈴華ちゃん。)
マサトは戸惑う様子もなく言う。
(バカ!鈴華先生をそういう風に見るな!)
(美人な女を見たら誰だってそう思っちまうもんなのさ。)
確かに鈴華先生は美人だ。僕が保育園にいた頃と全くと言っていいほど老いた感じがしない。いわゆる美魔女だ。
先生目当てで子供達のお遊戯会を見に来る父親だっているぐらいだ。
それでいて嫌いな食べ物を食べさせる方法、子供が泣いた時の対処、家事に疲れた時のオススメマッサージ店などなどなんでも知っており、母親からも絶大な支持を得ている。
「お兄ちゃん!」
そうこう考えているうちに腹違いの妹、加奈が僕の方に向かって走ってきた。
「加奈、いい子にしてたか?」
「うん!今日 先生と折り紙した!」
そう言って加奈は僕によれよれの折り鶴を渡す。
「くれるのか?」
「うん!」
「ありがとう、加奈は優しいな。」
僕は加奈の頭を撫でる。
加奈はとても嬉しそうにそれを受け入れる。
後ろからその光景を笑顔で眺めていた鈴華先生が口を開く。
「今日加奈ちゃんお兄ちゃんに折り鶴あげるんだってとっても張り切ってたのよ。」
「そうなんですか。」
「こんなに好かれてるんだから雅人君、とってもいいお兄ちゃんになったのね」
「そうなんですかね・・・・ちょっと自覚ないですけどそうなれてるなら良かったです。」
「これからも加奈ちゃんのこと大事にね。」
「はい」
保育園を後にし加奈との帰り道、僕は鈴華先生に言われたことを思い出す。
「いいお兄ちゃんか・・・・」
実際に僕は良い兄に。いや、立派な人として成長しているのだろうか。
僕には明らかにみんなと違うと思われるもう1人の僕が存在し、僕は自分の意見を我慢して相手の意見を尊重することに対して何も思わない。
だが、それとは裏腹にマサトは人の言ったことに対してあーだこーだとケチをつける。
マサトの言葉が僕の本音ならば僕はただの腹黒い最低な人間だ。
「お兄ちゃん」
自分の意見を我慢して相手の意見を尊重する。そんな僕が本当に良い兄と言えるのだろうか。
「お兄ちゃん」
兄とは弟や妹の手本になるべき存在のはずだ、人に流されやすい僕の姿を見て加奈は立派な大人に・・・・
「お兄ちゃん!」
僕は加奈の声で明後日の方向に行っていた意識がハッと戻る。
「ああ、ごめんごめん。ぼーっとしてた、どうした?」
「今日 ご飯 なーに?」
加奈は大袈裟に上半身を横に傾けながら聞く。
「んー、今日はお父さんが仕事帰りに買ってくるからわからないなー」
「加奈、バーグがいいー!」
バーグとはハンバーグのことだ。2歳児の子供にそんな味が濃いものを毎回食べさせることができないので我が家ではお祝い事でしか出すことはない。
「さぁ、どうだろうなぁー」
「バーグがいーい!バーグがいーい!」
加奈は僕の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねる。
その姿が可愛らしかったので、僕も晩御飯がハンバーグである事を密かに願うのであった。
「レトルトのカレーを色々買ってきた。みんなで食べよう。」
レトルトのカレー。その言葉を聞いた加奈は露骨に悲しそうな顔をしていた。
「雅人はなにがいい?」
「ん、ああうん。えっと、このカレーにしようかな」
僕は一番手前にあったレトルトカレーを手に取る。
(はぁ!?レトルトって・・・・こいつ使えねぇ!)
マサトは容赦なく父親に悪態を吐く。
(おい・・・・やめろって。)
(加奈がめちゃくちゃ可愛そうじゃねぇか!ホント何も分かってねぇな!)
(仕方ないだろ、お父さんはエスパーじゃないんだから。)
「加奈はこのお子様用のカレーにしような」
お父さんは加奈に子供が好きそうな可愛らしいパッケージのレトルトカレーを見せる。
「バーグが良かったあ」
加奈はぼそりと呟く。
「え、バーグ?え・・・・?」
「バーグが良かったあ!」
今度は大声を出してその場で駄々をこね始める。
お父さんは突然駄々をこね始めた加奈に明らかに困惑した表情を見せる。
「加奈、バーグは今度食べような?今日はお父さんが加奈の好きなカレー買ってきてくれたから。」
僕は今にも泣き出しそうな加奈をなだめる。
「すまない・・・・」
お父さんは幽しそうな声で言う。
30分後。ようやく機嫌が直った加奈を席に着かせて、食事を取る。
実際、加奈が勝手に今日はハンバーグだと思い込んでただけなのでお父さんは全く非はないのだがどこかバツが悪そうな顔をしている。
「雅人、美味しいか?」
「うん、美味しいよ」
一言二言言葉を交わして食事を済ませる。
お父さんは風呂に入った後、おつまみとビールを片手にテレビを眺めている。
時刻はもう9時にになりそうになっていたので、僕は加奈を寝かし付けて、リビングに置いておいた学校用バックを手に取り自分の部屋に持っていこうとする。
「雅人」
すると、お父さんがテレビを見ながら僕を呼び止める。
「なに?」
「いや、少し話したいことがあるんだ。」
お父さんは一向にこっちを見ることはない。
お父さんが僕に話したいこと。なんだろう。
思えばこうやって2人きりで話したことは一緒に生活して四年間、一度もない。
「父さんな・・・・もう長くは・・・・持たないそうだ。」
お父さんは今にも泣き出しそうな声でそう呟く。その震える声に僕は言葉を無くしてしまった。
「私、もうすぐ死ぬんだよね」と患者が言いました。あなたならどう応えますか?ただし、あなたの立場は家族や医者ではなく、患者の唯一の親友とする。これは、僕が小論文の書き方の練習をしていた時に出されたテーマです。この質問に答えは存在しないので色々なことが言えるはずなのですが、答えが存在しない分、色々なことが言えないのです。「うん、死ぬよ」と言うのは相手の気持ちを考えているとは言い難いですし、かと言って「大丈夫だよ」と言うのは無責任です、無言なら相手に色々な不安を押し付けてしまう可能性があります。そう、明確な答えがないと僕たちは何もできないのです。カレーを作るにしても、数学を解くにしても、そこには答えがあるから僕たちは自由に動けるのです。自由こそ自由ではなく、答えがあるからこそ自由がある。だから暗闇を歩くのはとても危険なのです。話が僕とあなたの心ぐらい逸れましたね。要するに僕は靴下は右から履くよってことです。




