第六話
今日は厄日だった。ただあの人の指示で少女を連れ去るだけの任務だった。そうすれば悪魔崇拝をまた出来ると思っていた。数が少なくなった信徒たちと共に。ロマネスは目の前の残酷な光景に口を開け閉めし、涙を流した。
目の前に居る男はたった一人で信徒を殺した。目の前で農具でルシードに攻撃していた男の首が足元に転がってきたときにはロマネスの精神が崩壊しかけていた。
「悪魔だ…化け物だぁ!」
そう叫んだロマネスは背後の死体の道を逃げるように、つまづきかけながらも逃げていく。ルシードはその後姿を見つめ歩きだした。
「く、来るなぁ!」
ロマネスはルシードを見つめ、涙を流しながら叫ぶがルシードの歩みは止まらず、その手に持つ血に濡れた双剣を揺らした。
「もういいだろ、ルシード」
「ん?」
背後から声が聞こえ、ルシードが振り向くとそこにはアリスが足を震わせながら立っていた。ルシードは感情のない顔に感情を宿らせる。困惑の表情だ。
「何してんだ? ミサとリディは?」
「抜け出してきた、それよりも、もういいだろ、あいつ、逃げているぞ」
「あいつはお前らを殺そうとしたんだぞ」
「でももう戦意は無いと思う、クロウも追撃はしなかったろう?」
「っ! そうだな、分かった、やめる、だが、逃がしたらやつはまた来るぞ、俺はクロウの様に悪人を改心なんて無理なんだからな」
「ああ、ルシードはクロウでも兄代わりでもない、分かっている、だが、私を助けてくれてありがとう」
「別に、ただトランプに負けたはらいせだ」
「それでも嬉しかった、昨日は言いすぎた、ごめんなさい、やっぱり守ってほしい」
ルシードはアリスの言葉を聞き、静かに頷くと下げた頭に手を触れようとして、自身の手を見て、引っ込めた。
「分かった、俺もお前に対してどう接すれば良いのか分からなかったところもある、悪かったよ」
「ルシードは不器用なのか?」
「いや、別に、ただめんどくさいんだ、気を遣ったりするのが、クロウの前じゃなきゃ絶対しねえ」
「逆になんで兄の前だとするんだ」
「うるせえからだ、俺の態度は人に嫌われるんだと、だから少しはその喧嘩腰をやめろってガミガミ、お前は俺の親かと何度言った事か」
「ふふっ、ルシードはクロウの事になると饒舌だな」
「うるせえ、アリス、お前似てるよな、兄貴と」
「そ、そうか?」
「口がうるさいとこがな」
「むっ! バカにしてえ!」
「もういいから、さっさと戻れ、二人が心配するぞ、俺は川に行って汚れを落としてくる、出かける準備をしとけ」
「やっぱりここに居るのはダメか?」
「ああ、今日来たのは雑魚中の雑魚だ、戦い慣れしていないな、もしもやつらの親玉が悪魔崇拝の黒魔術師で、俺たちを始末しに来たら、仲間のクソ女魔術師が居るならまだしも一人でお前らを庇いながら戦えん」
「分かった、ミサとリディに言うよ」
「ああ」
二人が会話をしている間にロマネスは逃げ切ったようでどこにも姿が無かった。ルシードはアリスが家の中に入るのを確認すると、反対側を行った先にある川に着いた。
川にはすでに血の跡や死体を引きずった跡が残っていた。ルシードはそんなことは気にせず、その川の水で顔や手から返り血を洗い流していく。そして、武器の双剣も川に付けた。川はどんどん血に染まっていくがルシードはなんとも思わなかった。それよりもルシードは背後に気配を感じ、顔を後ろにやる。
そこには胸元を開けた服を着て、マントを付けた長い黒髪の女性が衣服を持って頭を垂れていた。
「ルシード様、着替えを」
「ああ、ありがとう、セラ」
ルシードはセラという女性から黒い服一式を受け取り、着ていく。セラはそのまま頭を垂れたまま口を開く。
「王都では住民たちが勇者の所在を噂しており、騎士団たちは状況説明を市民の一人一人にするので忙しそうです」
「そうか、まぁ、王都はどうでもいい、仲間たちは? シルフィードとブライス、ゲノム、この三人と離れ離れになったのは誤算だった」
「いえ、それが王国に戻っている情報がありません、どこかに行ったのか、殺されたのか」
「ふん、まぁ、良いか、セラ、俺はアリスを連れて旅に出る、お前には任務がある」
「わ、私も! 付いていきたいです!」
「ダメだ、お前はミサという女と王国から遠くのシル魔導共和国に行き、そこのゼムナス魔導師に勇者の事を知らせてくれ、ミサを守ってくれ」
「分かりました……」
多少不満そうだったがセラは渋々了承すると、煙の様にどこかに消えていった。セラは元々勇者のパーティーに入る前からのルシードの仲間で、ルシードが信頼を置ける仲間の一人だ。
「さて、じゃあじゃじゃ馬騎士団長に会いに行くか」
ルシードは脱いだ服から、装備を回収すると川を後にし、その場を離れた。
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「もう心配してたんですよ! アリスちゃんめです!」
「子ども扱いするな! 私はもう14だぞ!」
「え!? 14でその小ささに可愛さ! 半端ないです!」
「もう黙れ、リディ」
「はい……」
「でも、心配かけたのは本当なんだから謝らなきゃだめよ! 勝手に家から出ない事!」
「分かった、ミサに免じて感謝してやる、リディ」
「はい!」
ミサにたしなめられ、アリスが仕方ないとばかりに感謝するとリディは犬の様に元気になり、アリスはため息を吐いた。
「これからルシードと出かける、昨日言っていた騎士団の元にだろう、私は今から着替えてくる」
「行くの? アリスちゃん?」
「ああ、ここはあいつを信じる事にした、私は三度、あいつに助けられているからな」
「寂しくなりますねぇ」
「お前も付いてくるんだぞ、リディ、お前に案内させると昨日言っていたじゃないか」
「ええ!? やっぱり私が案内しないとダメですか!?」
他人事の様に別れを惜しみだしたリディにアリスは眉間に皺を寄せ、そう言うとリディは驚きの声を上げて額に汗を掻き出した。
「守ってくれないのか……?」
「そんな目で見られて守らないわけがないじゃないですか!」
「良し、では案内よろしく」
「あ……」
潤んだ瞳でリディはつい、空元気を出してしまい、墓穴を自分で掘ったと肩を落胆させた。一方、ミサはアリスが部屋に入っていくのを見届けながら表情を曇らせた。
「どうかしたんですか? ミサさん?」
「う、ううん、ただ、私、足手まといになるから付いていかない方が良いんだろうなって……」
「いや、お前にもこの国を出てもらう、悪いがな、おい、リディ、お前はこの袋にクロウの部屋にある小瓶を片っ端から入れてこい」
「え、なんで私が……」
「うるせえ、早くいけ」
「もう、人使い荒すぎです……」
ミサの心配に返事を出したのはルシードだった。ルシードは家に入るなり、リディに命令すると、ミサを見つめた。
「ど、どういうことですか?」
「ミサを守るのは部下に手配させてある、お前はシル魔導共和国に行き、クロウに魔法を教えた恩師のゼムナス魔導士の元で保護してもらう、王国に居ては危険だし、言いたかないが、旅に同行させるにはあんたは足手まといだ、アリスを守るのにあんたまで守るのは無理だ、分かってくれ」
「わかりました、ルシードさん、アリスちゃんをお願いします」
案外、すんなりと了承したミサだったがその顔はどこか安心していた。ルシードが首をひねるとミサは微笑んだ。
「私、アリスちゃんのこと好きです、可愛いし、素直じゃないだけでやさしい子なんです、まだクロウくんが居なくなって寂しいのに私を心配させないために部屋から出て来てくれるし、泣き言も言わない精神力もあります、さすがクロウくんの妹です、だからあなたに託します、勇者の右腕だったあなたになら勇者の妹を託せます」
「……ああ、任せてくれ、絶対、守る」
「はい、クロウくんが言っていました、ルシードは良い男だって」
「あいつは褒めないと死ぬのか?」
「ふふふ、クロウくんは人の良いところばかり見つける天才ですから」
「ああ、確かに」
ルシードとミサはクロウの話を一通りし終えると、上から足音が聞こえ、アリスだと思い、階段の方を見るとアリスはルシードが用意した昨日の服を着ていた。
「準備出来たぞ」
右肩から斜め下げの袋を掛けたアリスはそう言うと、ルシードの前に立った。アリスは特にルシードの顔も見ずにミサは? と聞いてきた。
「ミサは別行動だ、大丈夫、俺の部下が守る」
「そうか、ミサ、ありがとうな」
「ううん、アリスちゃん、気を付けてね」
「ありがとう、ミサ」
「アリスちゃんにお礼を言われたらうれしくて泣いちゃいそうだよ」
涙目になるミサはアリスを抱きしめた。アリスは驚いたが文句を言わず、ミサの背中を優しくたたいた。まるで立場が入れ替わったようだ。
「大丈夫、ミサ、クロウを連れて帰るから」
「うん、お願いね、アリスちゃん」
アリスはミサに微笑みかけると、ミサはアリスから離れた。
その後、リディが満帆になった袋を持ってきた。ルシードはリディに荷物持ちにさせようと腰に無理矢理袋の紐を巻き、それに対して文句を言っていたがルシードはもちろん無視をした。
「じゃあ、ミサは迎えが来るまで待ってろ」
「じゃあな、ミサ」
「さよならです!」
「ええ、みんな気を付けてね」
最後のお別れを言い合い、ミサを残してルシードたちは騎士団のある王国内部へと向かって行った。
「リディ、そのハルバート重くないのか?」
リディが背中にしょっているハルバートが気になったのか、アリスが質問をするとリディは無事な方の腕を上げ、腕を曲げた。
「いいえ! これでも力持ちなんです!」
「なら荷物持ちに最適だな」
「もうしてますよ!」